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危機に瀕した米「韓」日の「北風」工作

謎だらけの「金正男事件」を解く

李東埼

 

 

マレーシアの首都クアラルンプール空港で2月13日、朝鮮の外交旅券をもった46歳の男性が死亡した。その男性は朝鮮の最高指導者の異母兄である金正男であり、ベトナム国籍とインドネシア国籍の2人の女性により毒殺されたとマレーシア当局が発表した。そして朝鮮国籍の8人の関与を示唆した。うち4人は容疑者で、事件の直後マレーシアを出国。重要参考人は4人。うち1人は逮捕したが、証拠不十分で不起訴。残る3人はマレーシアに残っていると見られている。女性2人は逮捕起訴された。  

朝鮮はこの事件を米「韓」の陰謀とし、マレーシアは外国勢力と結託、共謀して朝鮮のイメージを汚していると非難した。そして合同捜査のための法律家代表団派遣を公式表明した。  

この稿を書いている3月13日現在、マレーシアと朝鮮は互いに自国駐在大使を追放するというきびしい対立状態にある。  

事件発生直後からおびただしい未確認情報がおもにソウルから流され、連日マスコミを騒がせたが、あまりにも謎の多い事件である。

  

〔疑問1〕なぜ犯人たちは朝鮮隠しをせず、むしろ
    それを誇示するかのように振る舞ったのか。

    

マレーシア当局の発表によると、特定された4容疑者は1月31日から2月7日にかけて朝鮮旅券でマレーシアに入国した。事件直後ジャカルタに向け出国、1人はそこに留まり3人はドバイ、ウラジオストクを経て平壌に到着した。  

元公安調査庁部長の坂井隆氏はこう言っている。「容疑者の男たちは北朝鮮旅券を使ってマレーシアに入国したと言います。彼らは別の国の旅券を作るのはお手の物。なぜわざわざ北朝鮮旅券を使ったのか。北朝鮮に帰るまでの経由地で名前を変えることもできたはずだが、それもやっていない。自分から北朝鮮の人間がやりましたと言っているようなものです。」(週刊朝日3月10日号)  

さらに、なぜ犯人たちはわざわざ衆人環視のなかで、しかも監視カメラに映ることを承知で犯行におよんだのか。前出の坂井氏は言う。「静かに殺したいなら拉致してどこかに埋めてしまうという手もあった。そいう意味でも今回の事件は不可解です。まさか、誇示したかったわけではないでしょうけど。」客観的に見れば誇示しているとしか見えない。  

事件発生は13日午前9時ごろ。実行犯の犯行を近くの飲食店で監視していたとされる4人の朝鮮国籍者は約1時間後のジャカルタ行きに搭乗、出国した。手際がよいと見ることもできる。しかし、出発1時間ほど前に空港にきて手続きをして待つのは誰でもする自然なこと。カフェなどで茶を飲んでいたから監視をしていたと断定はできない。大使館員と航空会社の職員が4人の同国人を見送ったのもごく自然なこと。重要参考人と指名されるような関わりがあれば、事件直後の空港に姿を現すような不用心な真似はしないはずである。 

 

〔疑問2〕事件直後からマレーシア当局と南朝鮮当局間の連携が異常に密接だった。
    南朝鮮は事件の当事者ではなく第3者なのに、何故か。

    

マレーシア警察が事件を発表したのは14日深夜。朝鮮国籍の金チョルという46歳の男性が13日朝、空港で体調の悪化を係員に訴えたのち病院へ搬送中に死亡したとのみ明らかにした。死亡者が金正男氏だとも、毒殺とも言っていない。  

ところが14日夜、韓国メディアは一斉に死亡したのは金正男氏で、朝鮮の工作員とおぼしき2人の女性に毒針で刺されたと報道した。現地で発表もされていない重大事実が、どうして即刻韓国のマスコミで明らかになるのか。  

その内幕は朝日新聞2月15日付夕刊で明らかになった。「日韓関係筋などによれば、マレーシア当局は正男氏の死亡直後、韓国政府に事件を通報。マレーシア駐在の韓国情報関係者が正男氏の遺体と対面し、身元を大筋で確認。14日にかけての最近の動静についても確認し、同日夜、日米など関係国に正男氏殺害の事実を公式に通報したという。」東京新聞3月13日付も、マレーシア当局が「北朝鮮大使館よりも先に韓国大使館に連絡」したと書いている。  

当事者の朝鮮当局をさしおいて第3者の南朝鮮当局に真っ先に通報するばかりか、南朝鮮情報関係者に遺体との対面までさせた。これは異常というしかない。  

しかも南朝鮮当局は14日夜、マレーシア当局が確認も発表もしていない「事実」を米日などに「公式通報」した。まるでこの事件の中心のような振る舞いである。

  

〔疑問3〕VX液を素手に塗った容疑者はなぜ死なないのか。
    死亡者に接触した人たちの中からなぜ1人の死傷者も出ないのか。

    

マレーシアのカリド警察長官は24日、女性の容疑者が液状のVXをクリームやオイルに混ぜて素手で被害者に塗った可能性があると発表した。VXはサリンガスの100倍といわれる世界最強の猛毒で致死量は0.01㎜グラム。皮膚や呼吸器をつうじて体内に浸透する。  

素手でVXを扱った容疑者が死傷しないのはなぜか。解毒剤の服用または注射を事前にしたのではないかとの未確認情報が流されたが、VXを顔に塗られた被害者と接触した空港関係者、医療関係者は解毒剤の服用も注射もしていない。彼らのうちから死傷者が1人も出ないのは不可解である。空港の雑踏の中、犯行当時まわりにいた群衆にも当然被害がおよぶはずなのに、誰も死傷していない。朝鮮側は検視で見つかった毒物サンプルを化学兵器禁止機構(OPCW)に送るべきだと主張している。  

マレーシア当局が、使用された毒物をVXと発表したのは2月24日だ。ところがその1週間以上も前の16日に南朝鮮のマスコミはVXだと報道していた。報道が捜査を追いかけるのでなく、捜査が報道、それも外国の報道を追いかける。これは奇妙な話だ。

   

〔疑問4〕容疑者の女性が男性とともに「韓国」旅行をしたことが明らかになっている。
    マレーシア当局は調べるどころか、言及さえしない。何故か。

    

朝日新聞2月18日付は現地の華字紙「中国報」(電子版17日)の報道として容疑者女性2人はいずれも同じ男に勧誘されたと述べたとつたえた。  

「中国報」によるとベトナム国籍のドアン・ティ・フォン容疑者は警察の調べに対し、男とは約3ヵ月前にマレーシアで知り合い、彼女の「ベトナムの故郷や韓国を一緒に旅行するなど親密な関係になった」と供述した。フォン容疑者が昨年南朝鮮に行ったことは、彼女の両親も朝日新聞の直接取材に対して述べている(朝日新聞2月21日)。さらに彼女の友人は朝日新聞の取材に対し、フォン容疑者が事件前に朝鮮半島出身の男と「韓国の済州島に行く」と話していたと述べている(朝日新聞2月23日)。  

インドネシア国籍のシティ・アイシャ容疑者も、ジェームズと名のる男と約1か月前に知り合い犯行グループとされる4人組に紹介されたという。オーストラリアのABC放送(電子版)は、アイシャ容疑者が過去に、いたずらビデオ撮影のため日本に渡航したという家族の話を伝えた(産経新聞2月20日)。  

マレーシア警察は2人を勧誘したのは朝鮮国籍の重要参考人の一人、リ・ジウ(29)だとし、彼の別名がジェームズだとしている(朝日新聞2月26日)。  

ところが不思議なことにマレーシア警察は、女性容疑者2人の韓国行き、日本行きについては一言半句もなく口を閉ざしている。  

とくにフォ容疑者の南朝鮮行きは重大である。国家保安法の極刑が待ち受けている南朝鮮に北の工作員がわざわざ行くだろうか。そういうところに平気で行けるジェームズなる男は、北ではなく、南の男ではないだろうか。  

マレーシア警察がその気になれば、南朝鮮情報機関とはきわめて密接に連携している間柄だから、監視カメラの映像や出入国の記録、その行動の追跡など即座に詳細に調べられるはず。ジェームズと名乗ったその男こそ実行犯を勧誘し、4人組に引き合わせたキーパーソンだから、必ず徹底的に調べ上げるべき人物のはずだ。

  

この事件でいちばん得をした者は誰か

    

東京新聞3月5日付でジャーナリストの木村太郎氏は、国際的な事件を取材するときに覚えた心得のひとつとしてこんなことを言っている「犯人らしく見えるものは本物の犯人ではない。その事件でいちばん得をするものを疑え。」錯綜する情報の洪水に吞み込まれることなく冷静に今回の事件を眺めれば、誰が得をしたかはあまりにもはっきりしている。  

歴代の南朝鮮軍事政権と、その系譜をひく保守政権は、危機に瀕するたびに「北の脅威」をあおって延命をはかってきた。  

朴正煕は民主化と祖国統一を主張する指導的人士らを「アカ」「北の手先」と称して死刑台に送り、多くの人びとを投獄拷問した。全斗煥と盧泰愚は、日本で「金賢姫事件」として知られているあの有名な大韓航空機失跡事件をでっち上げた。犯人とされた「金賢姫」が猿ぐつわをかまされ、両手錠で捜査員に両脇を抱えられてタラップを降りる衝撃的な写真が新聞に大きく掲載されたのは、まさに大統領選挙投票前日であった。これによって対北強硬派の軍事政権与党がかろうじて勝利した。  

この事件の被害者家族会ははじめのうち、軍事政権の発表どおり北の犯行と素朴に信じていたが、やがて強い疑問をいだくようになり「金賢姫」との対面質問を要求しつづけている。だが、20年を経たいまもなお、南朝鮮の国家情報院は彼女を秘匿して絶対会わせようとしない。  

金大中政権誕生前夜の一九九七年十二月には、野党候補の金大中に北の最高指導者から資金が流されたという噂がばらまかれた。金大中大統領当選後に調査の結果、当時の安全企画部(後に国家情報院と改称)の部長・権寧海の指揮によるでっち上げと判明。権寧海は自殺をはかって大騒ぎとなった。これいらい「北風」工作という言葉が、南朝鮮社会に定着した。  

李明博政権は「天安艦事件」をでっち上げた。これを契機に金大中、盧武弦と2代つづいた朝鮮半島の和解、交流の春は再び対決の冬へと逆戻りした。  

朴槿恵政権が危機に瀕するや、またもや今回の「金正男事件」が発生した。  

張作霖爆殺事件、柳条湖事件、盧溝橋事件、トンキン湾事件など普通の人びとが知っているだけでも、帝国主義者とその手先どもの謀略事件は数多い。でっち上げは帝国主義者の常とう手段である。

 

朝鮮つぶしとトランプつぶし

    

前述の東京新聞3月13日付は、朝鮮よりも先にマレーシア当局から通報をうけた南朝鮮当局は初動捜査に関与し、日本政府は顔写真、指紋をはじめ身元確認作業に協力し、米国は毒物特定や容疑者追跡に協力したとしている。みごとな米「韓」日三角同盟の連係プレーである。この三角同盟は米国のアジア太平洋回帰戦略=リバランス戦略の中核である。このリバランス戦略にとって「北朝鮮の脅威」というデマはぜったいに必要なアイテムなのだ。

世界の警察官にはならないと言い、金正恩と直接対話をしたいと公言したトランプ新大統領の政策は、米国既得権層=軍産複合体にとって命取りになりかねない。    

軍産複合体は、軍需産業を中心に金融資本、多国籍企業、国防機構はむろんのこと情報機関、政界、学会、マスコミまでも包括する巨大勢力である。彼らはいま、トランプ政権に必死の闘いを挑んでいる。  

今回の事件は「北朝鮮つぶし」であるとともに「トランプつぶし」の作戦でもある。  

VXガスがほんとうに朝鮮によって使われたなら、朝鮮は国際社会から完全に孤立するであろう。現に3月初に予定されていた朝米協議を直前まであきらめなかったトランプ政権は、VX報道が流されるに及んでついに開催をあきらめざるを得なかった。おまけにテロ支援国再指定の声が米国内でつよまってきた。  

一九九八年12月に米英軍によるイラク攻撃があった。これは湾岸戦争とイラク戦争のあいだの短い戦争だったので忘れている人も多いと思う。この時の口実がVXガス弾をイラクが持っているという「疑惑」だった。これはでっち上げであったが、そのあとに続くイラク戦争の口実もVXなどの生物化学兵器を意味する「大量破壊兵器」の隠匿だった。これまた真っ赤なウソだったことは世界中が知っている。こんどはその使い古しのデマを朝鮮に対して使おうというのだろうか。

「金正男事件」を前後して朝鮮にたいする先制攻撃論が米「韓」日のマスコミにおおっぴらに登場しだした。3,4月いっぱい朝鮮半島では「史上最大規模」の米「韓」合同軍事演習が展開され、一触即発の緊張状態だ。そのような中で起きた「金正男事件」である。

(リ・トンギ、ジャーナリスト、「思想運動」2017年3月15日号掲載)