2026年 5月 6日 朝鮮中央通信
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歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪 平和的デモ参加者を無慈悲に虐殺した野獣の群れ
【平壌5月6日発朝鮮中央通信】日帝の暴虐非道な武断統治によって積もりに積もった朝鮮人民の恨みと憤怒は1919年3月1日、民族挙げての反日抗争として爆発した。 平壌での大衆的なデモ闘争で始まった3・1人民蜂起は全朝鮮を席巻し、朝鮮人が住んでいた海外にも拡散した。 極度に慌てふためいた日帝は、この平和的なデモを鎮圧するために、当時、朝鮮にある暴圧勢力を総動員し、それも足りなくて日本本土から膨大な武力を引き入れた。 3・1人民蜂起の鎮圧に乗り出した日帝は、野獣としての本性を余地もなくさらけ出した。 日帝の殺人鬼は、デモ行進に参加した幼い女学生に襲いかかって両腕を刀で切り落とし、全身を滅多切りにして残忍に虐殺した。 金棒と手鉤(てかぎ)で蜂起者の後頭部を殴って頭蓋骨を砕き、短刀で全身を刺して血みどろにしたかとすれば、独立万歳を叫んだからといって幼い少年の口を刀で裂いて無残に殺すなど、天人共に激怒するあらゆる殺人犯罪を働いた。 日帝の野蛮な殺戮(さつりく)蛮行によって、3・1人民蜂起のときだけでも10余万人の朝鮮人が命を失った。 徒手空拳の平和的なデモ参加者をあれほど残忍かつ悪辣な方法で大量殺戮したことについて日本のある御用学者までも、日本人はとても見るに耐えないほど残酷な弾圧に狂奔したと告白した。 当時の実状を目撃したある外国人は、日本人が罪なき朝鮮良民に働いた乱打と悪辣な刑罰はあまりにも凶悪かつ残酷なので人間に対する野獣の行為になったことを伝えながら、日本人はそのような極度の凶暴な蛮行を働いても、むしろそれも足りなくてそれ以上に方法がないことを残念がったと証言した。 日帝は、3・1人民蜂起の際、朝鮮の全領土を罪なき人々の血で染めた。--- |