2026年 8月 6日 朝鮮中央通信

 

歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪

朝鮮に対する侵略戦争に加担した特等参戦国

 

【平壌8月6日発朝鮮中央通信】久しい前から朝鮮を侵略するための米帝の戦争準備に協力してきた日本の反動政府は、朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)すると、参戦問題を国策とし、戦争に直接加担した。

当時日本首相であった吉田は、朝鮮戦争開始1週間後である1950年7月4日、朝鮮戦争勃発の元凶である米帝への支援を公式宣言した。

日本軍国主義者は、自国の全ての軍事的・経済的潜在力を総動員して他の「国連軍」構成国が代われない米軍の出動および兵站基地、後方基地としての役割を果たした。

フランス紙「リュマニテ」が暴いたことによると、米国の指令に従って日本当局は朝鮮戦争開始(1950年6月25日)直後に第1陣として200人の元日本軍出身の将官と将校を戦線に投入した。

その後、外電によるものだけでも、当年7月に投入された日本軍の数は2万5000人に上る。

日本の反動層は、戦争に軍種、兵種の戦闘武力のほとんど全てを動員した。

「皇軍」出身の飛行士を戦争の全期間、米空軍のB26、B17などに乗せて軍需物資の輸送と爆撃に合流させ、米帝が強行した仁川上陸作戦にも50隻の日本の艦船、2000人の乗務員を動員させた。

戦闘人員でない日本の「技術」人員も、かいらい韓国に来て鉄道運輸、通信、港湾などの分野で米軍の軍事行動を後押しした。

日本の細菌専門家が米軍飛行士に細菌兵器とその投下に関連する講義と結果に対する現地調査のために数十回にわたってかいらい韓国で奔走した事実などは、朝鮮戦争史に罪悪の一ページとして記録されている。

1952年6月に至って軍需品の生産に参加した日本の大規模工場がほぼ400に及んだほど、特等参戦国としての役割を果たした日本の反動政府は、輸送部門にも戦時体制を樹立して軍需物資と兵力の輸送に運輸手段を総動員した。

1950年7月から10月までだけでも、朝鮮戦争に248隻の船舶を動員して99万5800トンの米軍軍需物資を輸送した。

これら全てのことは、日本が朝鮮戦争の特等参戦国であることを立証する資料の一部にすぎない。---