〈寄稿〉 安倍氏の共犯だった報道界は猛省を
対朝鮮政策の転換に期待
自民党総裁選挙に出馬表明したときに「貧乏くじかもね」と言った71歳の「親の七光」政治家、福田康夫氏が9月25日、派閥談合で首相になった。安倍晋三・前首相が同12日に突然、政権を投げ出す「前代未聞の事態」(小泉純一郎前首相)の後を受けての二代目首相である。
世界史にも前例のない無責任極まりない職場放棄だった。後継者選びのプロセスは、自民党が権力維持のためにだけ存在する烏合の衆で、近代社会でいうところの政党では全くないことをまたもや証明した。
安倍首相は辞意表明した後、約2週間姿も見せなかった。安倍氏は衆議院議員を即刻辞めるべきだ。
最後まで敵視政策
朝鮮総連が9月7日、朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)の水害で復旧支援物資を送るため、「貨物船入港許可を求める要請書」を首相に送った際、安倍氏は官邸がいったん受け取って文書を返送させた。彼は最後まで朝鮮を敵視した。
マスメディアは、人民には何の関係もなく「猿芝居」にすぎない総裁選を面白おかしく取り上げ、安倍辞任の犯罪性が過去のものになった。「病気になった安倍さんはかわいそう」などという街の声がテレビで流れる。総裁選挙、福田政権発足を客観報道することで、自民党が変化したような幻想をばらまいている。
安倍極右反動政治を煽ったメディアの責任は重大である。朝日新聞の若宮啓文論説主幹は9月21日、《ポジとネガ 安倍首相の因縁》と題する署名記事で、安倍首相の誕生について、《アジアとの和解が次々と進んだ90年代に、時流に抗しながら安倍氏のエネルギーは蓄えられたのだろう。やがて小泉政権でのナショナリズムの高ぶりに乗って、一気に権力の頂点に立とうとは…》と振り返った。
安倍氏を「北朝鮮に強硬で、拉致被害者にやさしい」政治家と賞賛し、首相にまでしたのは朝日など企業メディアだ。「あなたたちが偏狭で排外主義的な国家主義を煽ったのではないか」と若宮氏に言っておこう。
安倍氏は一国のリーダーになるだけの知識も才能も人格も備えていなかった。行政のトップになれるはずのない人間を首相にしてしまったのだ。心の病を患った安倍氏はメディアの被害者かもしれない。
朝日が05年1月に、安倍氏が中川昭一衆議院議員らと共謀して、NHKの日本軍「慰安婦」問題を改竄させた事実を調査報道した後、安倍氏は主要メディアと組んで朝日報道を「捏造だ」と非難、朝日の記者の実名まであげて、「自民党主催の公開討論会に出てこい」などと恫喝した。NHKは安倍氏らの朝日非難の演説を映像、音声付で繰り返し放送した。
朝日記事が真実であったことは東京高裁判決で明らかになったが、朝日を含むメディアは安倍氏を追及しなかった。そのおかげで安倍氏は同年9月官房長官に就任した。
日朝国交実現せよ
福田政権になって、唯一変化があるとすれば朝鮮政策だろう。おそらく山崎拓氏らの助言もあったのだろうが、福田氏は総裁選挙に出馬を表明した直後、テレビ各局に出演した際、朝鮮との関係について「相手が交渉に乗りやすいようにする工夫も必要だ」と述べた。
福田氏はその後も一貫して、「圧力」だけでは外交交渉は前進しないなどと指摘して、日朝国交正常化に意欲を示した。
しかし、25日に決まった閣僚人事では、官房長官にタカ派の町村信孝・前外相を選んだ。首相補佐官に中山恭子(拉致問題担当)らを再任した。
中山氏は「被害者5人を平壌に帰すという約束はなかった」とウソをついた人物だ。今では周知の事実だが、5人は約10日間の旅の後、そろって平壌に戻るはずだった。
町村長官は就任の記者会見で、「安倍政権から何を引き継のか」という質問に、「拉致問題を担当してきた中山氏を再任したように、拉致問題の解決がその一つだと述べた。町村氏は次のように語った。「今でも覚えているが、あの偽の遺骨を送り返してきた時の怒り、衝撃。私は外務大臣として、誠に許せないという気持ちがものすごく強い」。
町村氏の言う「偽の遺骨」は、日本政府が05年に朝鮮のYさんの夫が日本へ送った遺骨のDNA鑑定で偽物と発表したことを指しているのだろうが、この政府発表は鑑定した帝京大教授の鑑定内容とも食い違っていることが、英国の科学雑誌「ネイチャー」の報道で分かっている。
民主党の首藤信彦議員(当時)は05年2月から、この鑑定結果の科学的なデータの開示を求め続けたが、それに対する町村外相(当時)の回答は、日本の鑑定機関に信頼性があるという主張を繰り返すだけで、鑑定に関する科学的なデータは未だに公開されていない。
Yさんの夫は、「偽物だというなら返してほしい」と訴えている。朝鮮政府は「北欧などの第三国での鑑定を」と提案しているが、日本は「偽物」を返還しない。
米国は朝鮮との正常化に意欲を示し、六者協議も確実に前進している。国際的に全く通用しない「偽の遺骨」をこの時期に持ち出す官房長官に政治的センスは感じられない。
10月13日に期限が切れる朝鮮に対する経済制裁について、福田首相がどういう決断を下すかに注目したい。(浅野健一、同志社大学教授)