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関東大震災103年朝鮮人虐殺の真相究明を求める集会2026年 8.29(土)
2026년 8월 12일 웹 우리 동포
関東大震災103年
朝鮮人虐殺の真相究明を求める集会
2026年8.29(土)
13:30開始 / 16:00終了(予定)
日本教育会館8階 第一会議室
●資料代:1000円
력사를 통해 본 천년숙적 일본의 죄악 조선에 대한 침략전쟁에 가담한 특등참전국
(평양 8월 6일발 조선중앙통신)
오래전부터 우리 나라를 침략하기 위한 미제의 전쟁준비에 협력해온 일본반동정부는 조선전쟁이 발발하자 그 참여문제를 국책으로 내세우고 전쟁에 직접 가담하였다.
당시 일본수상이였던 요시다는 조선전쟁이 일어난지 1주일후인 1950년 7월 4일 조선전쟁발발원흉인 미제에 대한 지원을 공식 선언하였다.
일본군국주의자들은 자기 나라의 모든 군사,경제적잠재력을 총동원하여 다른 《유엔군》성원국들이 대신할수 없는 미군의 출동 및 병참기지,후방기지로서의 역할을 수행하였다.
프랑스신문 《유마니떼》가 폭로한데 의하면 미국의 지령에 따라 일본당국은 조선전쟁개시(1950.6.25.)직후에 제1진으로 200명의 이전 일본군출신 장성들과 장교들을 전선에 들이밀었다.
그후 외신보도들에 의한것만으로도 그해 7월에 투입된 일본군의 수는 2만 5 000명에 달한다.
일본반동들은 전쟁에 군종,병종의 전투무력을 거의 다 발동하였다.
《황군》출신 비행사들을 전쟁전기간 미제의 《B-26》,《B-17》기 등에 태워 군수물자수송과 폭격에 합세시켰으며 미제가 감행한 인천상륙작전에도 50척의 일본함선,2 000명의 승무원을 동원시켰다.
전투인원이 아닌 일본 《기술》인원들도 괴뢰한국에 들어와 철도운수,통신,항만 등의 분야에서 미군의 군사행동을 뒤받침하였다.
일본세균전문가들이 미군비행사들에게 세균무기와 그 투하와 관련한 강의,결과에 대한 현지조사를 위해 수십차례나 괴뢰한국에서 돌아친 사실 등은 조선전쟁사에 죄악의 한페지로 기록되여있다.
1952년 6월에 이르러 군수품생산에 참가한 일본의 대규모공장이 근 400개에 달하였을 정도로 특등참전국으로서의 역할을 한 일본반동정부는 수송부문에도 전시체제를 세우고 군수물자,병력수송에 운수수단을 총동원하였다. 1950년 7월부터 10월까지만도 조선전쟁에 248척의 선박을 동원하여 99만 5 800t의 미군군수물자를 실어날랐다.
이 모든것은 일본이 조선전쟁의 특등참전국임을 립증해주는 자료들의 일부에 지나지 않는다.(전문 보기)
歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪 朝鮮に対する侵略戦争に加担した特等参戦国
【平壌8月6日発朝鮮中央通信】久しい前から朝鮮を侵略するための米帝の戦争準備に協力してきた日本の反動政府は、朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)すると、参戦問題を国策とし、戦争に直接加担した。
当時日本首相であった吉田は、朝鮮戦争開始1週間後である1950年7月4日、朝鮮戦争勃発の元凶である米帝への支援を公式宣言した。
日本軍国主義者は、自国の全ての軍事的・経済的潜在力を総動員して他の「国連軍」構成国が代われない米軍の出動および兵站基地、後方基地としての役割を果たした。
フランス紙「リュマニテ」が暴いたことによると、米国の指令に従って日本当局は朝鮮戦争開始(1950年6月25日)直後に第1陣として200人の元日本軍出身の将官と将校を戦線に投入した。
その後、外電によるものだけでも、当年7月に投入された日本軍の数は2万5000人に上る。
日本の反動層は、戦争に軍種、兵種の戦闘武力のほとんど全てを動員した。
「皇軍」出身の飛行士を戦争の全期間、米空軍のB26、B17などに乗せて軍需物資の輸送と爆撃に合流させ、米帝が強行した仁川上陸作戦にも50隻の日本の艦船、2000人の乗務員を動員させた。
戦闘人員でない日本の「技術」人員も、かいらい韓国に来て鉄道運輸、通信、港湾などの分野で米軍の軍事行動を後押しした。
日本の細菌専門家が米軍飛行士に細菌兵器とその投下に関連する講義と結果に対する現地調査のために数十回にわたってかいらい韓国で奔走した事実などは、朝鮮戦争史に罪悪の一ページとして記録されている。
1952年6月に至って軍需品の生産に参加した日本の大規模工場がほぼ400に及んだほど、特等参戦国としての役割を果たした日本の反動政府は、輸送部門にも戦時体制を樹立して軍需物資と兵力の輸送に運輸手段を総動員した。
1950年7月から10月までだけでも、朝鮮戦争に248隻の船舶を動員して99万5800トンの米軍軍需物資を輸送した。
これら全てのことは、日本が朝鮮戦争の特等参戦国であることを立証する資料の一部にすぎない。(記事全文)
조선중앙통신사 론평 자멸을 앞당기는 일본의 력사외곡책동
최근 더욱 악랄해지고있는 일본의 력사외곡책동이 주변국들의 격분을 자아내고있다.
보도에 의하면 일본이 2026년내에 나가사끼원폭자료관의 전시판을 갱신하면서 남경대학살과 관련한 전시판의 글에서 《대학살》을 지우고 《남경사건》이라고 뜯어고치려 하고있다고 한다.
남경대학살로 말하면 중국을 침략한 일본군이 1937년 12월부터 1938년 1월까지 지역에서 30만명이상을 학살한 치떨리는 만행으로서 20세기 최대참극으로 세인에게 깊이 인식되여있다.
일본의 침략범죄를 심판한 《극동국제군사재판소 판결문》에서도 남경에서의 만행을 《대학살》로 규정하였으며 유엔교육과학문화기구(유네스코)는 이를 세계기록유산으로 등록하였다.
일본이 절대로 감출수도 외곡할수도 없는 이와 같은 엄청난 과거범죄를 평범한 나날에 있은 별치않은 《사건》의 하나인듯이 어물쩍해보려고 날뛰고있는 사실은 신군국주의자들의 력사외곡책동이 어느 지경에 이르렀는가를 말해주고있다.
잘 알려진바와 같이 일제는 식민지통치기간 조선에서만도 100여만명을 학살하였으며 840만여명의 청장년들을 강제련행하여 침략전쟁터들과 고역장들에 내몰았다.
특히 20만명의 조선녀성들을 랍치, 련행하여 일본군성노예로 끌고다닌 죄악은 그 어느 전쟁사에서도 그 류례를 찾아볼수 없는 특대형의 국가범죄이다.
그러나 일본정객들은 현실을 가리우기 위해 오래전부터 《새 력사교과서를 만드는 모임》이라는것까지 뻐젓이 조작해놓고 력사를 외곡하고있다.
지어 침략력사를 사실대로 가르치는것은 《력사관에 대한 자기학대행위》라고 줴쳐대며 《강제징집》, 《일본군위안부》를 비롯한 과거범죄들을 지적하는 표현을 《적절치 않은》 서술로 인정하는 내각회의결정을 채택하였다.
이에 따라 지금 일본의 교정에서 취급되는 교과서들에서는 우리 나라와 주변나라들에서 강점기간 일본군이 저지른 대학살만행들과 사망자수에 대한 언급이 사라졌으며 성노예피해자들이 《매춘부》, 《돈벌이를 위해 나선 자원봉사자》로 모독되고있다.
또한 지난 시기 아시아나라들에 대한 침략이 《아시아해방》이라는 궤변으로 바뀌면서 교과서들에서 《침략》이라는 표현이 점차적으로 희석되기 시작하였으며 오늘날에는 《침략》이라는 문구자체가 아예 지워지고말았다.
조선인민과 아시아 이웃나라들에 아물수 없는 아픈 상처를 남긴 일본의 침략범죄행적이 지금 각 방면에서 이렇게 외곡되고있다.
그러면 일본정부가 절대로 숨길수 없는 력사의 진실을 외곡해보려고 그토록 기승을 부리는 목적이 단순히 저들의 과거죄악을 부정하고 사죄와 청산을 회피하기 위한데 있다고만 보아야 하겠는가.
아니다.
지금 일본의 《자위대》무력은 해외침략의 모든 준비를 사실상 완료하였으며 《외부로부터의 위협》을 고창하며 지역에서 가장 위험한 침략세력으로 떠오르고있다.
일본에 의하여 아시아태평양지역에는 당장 전쟁의 불집이 터져도 이상할것이 없는 비상사태가 조성되고있다.
이러한 시기 일본에 있어서 무엇보다 중요한것은 새세대들을 전쟁의 직접적담당자, 수행자로 철저히 준비시키는것이다.
일본이 전시관과 교정을 통한 그릇된 력사관주입에 집요하게 매여달리는 리유가 바로 여기에 있다.
일본은 력사외곡책동이 악랄해질수록 그것은 자멸을 앞당기는 결과만을 초래하게 된다는것을 명심해야 한다.(전문 보기)
력사를 통해 본 천년숙적 일본의 죄악 평화적시위자들을 무자비하게 학살한 야수의 무리들
(평양 5월 6일발 조선중앙통신)
일제의 잔악무도한 무단통치로 하여 쌓이고쌓인 조선인민의 원한과 분노는 1919년 3월 1일 거족적인 반일항쟁으로 폭발하였다.
평양에서의 대중적인 시위투쟁으로 시작된 3.1인민봉기는 전조선을 휩쓸었으며 조선사람들이 살고있던 해외의 지역들에도 퍼져나갔다.
극도로 당황망조한 일제는 이 평화적인 시위를 진압하기 위해 당시 조선에 있는 폭압력량을 다 동원하였으며 그것도 모자라 일본본토에서까지 방대한 무력을 끌어들였다.
3.1인민봉기진압에 나선 일제는 야수로서의 본색을 여지없이 드러냈다.
일제살인귀들은 시위행진에 참가한 나어린 한 녀학생에게 달려들어 두팔을 칼로 잘라버리고 온몸을 칼탕쳐 그를 잔인하게 학살하였다.
쇠몽둥이와 갈구리로 봉기자들의 뒤통수를 때려 머리뼈를 바스러뜨리고 단도로 온몸을 찔러 피범벅을 만들었는가 하면 독립만세를 불렀다고 하여 어린 소년의 입을 칼로 찢고 무참하게 죽이는 등 천인공노할 온갖 살인범죄를 다 저질렀다.
일제의 야만적인 살륙만행으로 하여 3.1인민봉기때만 하여도 10여만명의 조선사람들이 목숨을 잃었다.
적수공권의 평화적인 시위참가자들을 그렇듯 잔인하고 악착한 방법으로 대량살륙한데 대하여 일본의 한 어용학자까지도 일본인들은 차마 볼수 없을 정도로 참혹한 탄압에 광분하였다고 실토하였다.
당시의 실상을 목격한 한 외국인은 일본인이 무고한 조선량민에게 감행한 란타와 악형은 너무도 흉악하고 참혹하여 인간 대 야수의 행위로 된데 대해 전하면서 일본인은 그와 같은 극도의 흉포한 만행을 감행하고도 오히려 그것이 부족하여 그이상 더 방법이 없는것을 유감으로 생각하는 정도이라고 증언하였다.
일제는 3.1인민봉기때 전조선땅을 무고한 사람들의 피로 물들였다.(전문 보기)
歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪 平和的デモ参加者を無慈悲に虐殺した野獣の群れ
【平壌5月6日発朝鮮中央通信】日帝の暴虐非道な武断統治によって積もりに積もった朝鮮人民の恨みと憤怒は1919年3月1日、民族挙げての反日抗争として爆発した。
平壌での大衆的なデモ闘争で始まった3・1人民蜂起は全朝鮮を席巻し、朝鮮人が住んでいた海外にも拡散した。
極度に慌てふためいた日帝は、この平和的なデモを鎮圧するために、当時、朝鮮にある暴圧勢力を総動員し、それも足りなくて日本本土から膨大な武力を引き入れた。
3・1人民蜂起の鎮圧に乗り出した日帝は、野獣としての本性を余地もなくさらけ出した。
日帝の殺人鬼は、デモ行進に参加した幼い女学生に襲いかかって両腕を刀で切り落とし、全身を滅多切りにして残忍に虐殺した。
金棒と手鉤(てかぎ)で蜂起者の後頭部を殴って頭蓋骨を砕き、短刀で全身を刺して血みどろにしたかとすれば、独立万歳を叫んだからといって幼い少年の口を刀で裂いて無残に殺すなど、天人共に激怒するあらゆる殺人犯罪を働いた。
日帝の野蛮な殺戮(さつりく)蛮行によって、3・1人民蜂起のときだけでも10余万人の朝鮮人が命を失った。
徒手空拳の平和的なデモ参加者をあれほど残忍かつ悪辣な方法で大量殺戮したことについて日本のある御用学者までも、日本人はとても見るに耐えないほど残酷な弾圧に狂奔したと告白した。
当時の実状を目撃したある外国人は、日本人が罪なき朝鮮良民に働いた乱打と悪辣な刑罰はあまりにも凶悪かつ残酷なので人間に対する野獣の行為になったことを伝えながら、日本人はそのような極度の凶暴な蛮行を働いても、むしろそれも足りなくてそれ以上に方法がないことを残念がったと証言した。
日帝は、3・1人民蜂起の際、朝鮮の全領土を罪なき人々の血で染めた。(記事全文)
日朝国交正常化のためには、日本人が変わらなければいけない 2025年9月27日 乗松聡子
日朝国交正常化のためには、日本人が変わらなければいけない 2025年9月27日 乗松聡子
2025.12.082025.12.27
いま、米国が率いる西側帝国主義が破壊的戦争を続けています。ガザのジェノサイドはその典型です。
日本は、西側帝国に組み込まれたままの「名誉白人」国家です。G7に非白人国家として一国だけ参加しているのが象徴的です。
いま、グローバルサウスによる、脱植民地の動きが高まっています。西側帝国に搾取されてきた国々が、もうやられっぱなしにならないと、手を結んでいます。BRICSや上海協力機構の発展が目覚ましいです。
対ロシア制裁やトランプ関税も、非西側の結束を高める結果となっています。世界の貿易の脱ドル化が進んでいます。
そのグローバルサウスはいまやグローバル・マジョリティとも呼ばれます。朝鮮はグローバル・マジョリティの一員です。逆に取り残されているのは米国の属国である日本です。
日本には、米国の呪縛を解き、アジアに戻ってもらいたいと思っています。
東アジアの平和を阻む要素ではなく、平和をつくる一員となってほしいです。そのためには朝鮮、中国、ロシアを理解、尊重することは不可欠です。
日朝国交正常化のためには、変わらなければいけないのは日本です。以下の項目について順にコメントします。
n 呼称問題
まずは、「北朝鮮」という呼称についてです。国の名前でさえないこの呼称がいまだに蔓延しています。
これは朝鮮を国として認めていなかった植民地支配時代の名残だという批判があります。私もそう思います。
韓国のことは国名で呼ぶのに朝鮮についてはそれを拒否する。これは差別としかいえません。
わたしは2019年訪朝したときに、まず国名を説明されました。朝鮮民主主義人民共和国、略すときは「朝鮮」であると。「鮮やかな朝の国」と説明されました。
その旅の中で、早朝にテドンガンのほとりを歩いたとき、朝日が射した川面の鮮やかさに目を奪われ、その意味がわかりました。これが当事者の望む呼び方です。
日本の戦争時代、北米にいた日系人は敵性外国人とされ強制収容所に送られ、JAPと呼ばれました。今もカナダに暮らしていて、日系人コミュニティの中にこの傷が深く残っていることを実感します。JAPと呼ばれてもいいと思っている日本人や日系人はいないでしょう。それと同じです。
日本メディアは、2002年日朝会談まではおおむね「朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)」と、併記する方法を取ってきました。これも問題だったのですが、会談で金正日国防委員長が「拉致」を認め、日本国内で憎悪感情が沸き起こりました。その年の年末、朝日新聞が、もう併用はせずに「北朝鮮」を使うと宣言し、NHKも2003年から変わりました。
朝鮮は、「北朝鮮と呼ぶな」という要求を繰り返し日本に対して行っています。2003年1月29日づけの「労働新聞」で、朝日新聞による「北朝鮮」呼称決定を批判しています。2005年にも、「北朝鮮」と呼ぶことは「わが国の存在と権威を無視する行為だ」と言っています。
日本は国交を正常化するためにも、相手国をその国の名前で呼ぶという最低限のリスペクトを示してこそ、スタート地点に立てるのではないでしょうか。
n 拉致問題
拉致問題は重大な人権侵害でした。ただ、私がいまだに理解できないのは、ふつう事実認定と謝罪をすればそれが和解への第一歩になると思うのですが、この場合、それがきっかけで逆に朝鮮に対するヘイトが増したことです。
広島と長崎の原爆投下や都市空襲においては民間人が何十万人も殺されていますが、米国は謝罪もしていません。それなのに日本人の大半はアメリカが大好きです。この違いは何なのでしょう。
訪朝したとき、通訳ガイドをしてくれた金さんが言っていました。あの頃は日本との国交正常化の期待から、日本語熱が高まったが、いまや日本語への需要も減ってしまったと。あの日朝会談はやらなかったほうが良かったかもしれないと。それを聞いてとても悲しく思いました。
この問題は、被害者中心主義で取り組まれたとは言い難く、日本の保守政治家や右翼運動家が、政治利用のために解決を先延ばしにしてきました。
しかし、拉致問題を利用して朝鮮を敵視する政策が、なぜ政治的プラスになってしまうのでしょうか。日本の一般市民はそんなに朝鮮をヘイトしたいのでしょうか。ここに根本的な問題があると思います。
何より、日朝平壌宣言では、植民地支配で「朝鮮の人々に多大な損害と苦痛を与えた」歴史への「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」にもとづいた、植民地支配の清算と同時に取り組む問題だったはずです。
植民地支配時約2500万人いた朝鮮人のうち3分の1,約800万人が強制動員や日本軍性奴隷として動員され、多くの人が命を奪われました。
これについて朝鮮側には償いや清算が全く行われていないどころか、在日朝鮮人の人権侵害、朝鮮学校差別、ヘイトスピーチの蔓延という形で、解放後80年の現在も植民地主義が続いています。
気の遠くなるような規模の植民地被害を全く語らずに、拉致、拉致とだけ叫ぶ日本メディアと日本人は、ダブルスタンダードを露呈しているとしか言い様がありません。
日本に帰るたびに思いますが、日本の人たちは拉致被害者や家族の名前をよく知っており、自分の家族か親戚かのように語ります。メディアの影響でしょうが、これが正直不気味で怖いです。この人たちは、日本の植民地支配による被害者の名前を一人でも言えるでしょうか。
拉致問題は、日朝平壌宣言がいうように、日朝の間に横たわる多くの人権問題の一つであるという認識に立ち返る必要があると思います。そのためには被害者意識に偏った日本人の歴史認識を問い直さなければいけません。
n 朝鮮学校、幼稚園無償化排除問題
2019年9月、金丸信吾さんの訪朝団が宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使と会ったとき、朝鮮学校無償化除外の撤回がないかぎり「日朝関係は 1 ミリたりとも動かない」と言っています。朝鮮学校差別は国交正常化への大きな障害となっています。
カナダでは日系人強制収容という歴史がありましたが、1988年にリドレスと呼ばれる、政府による謝罪と補償がありました。それは個々の被害者に補償しただけではなく、民族としての存在の権利を保障されたのです。そのおかげもあって、私はカナダで子どもを日本語学校に行かせ、日本文化に触れさせながら育てましたし、それで差別されたことはありません。
私たちは好きでカナダに移住しましたが、朝鮮学校は、植民地支配があったゆえに奪われた文化や言語を取り戻すために作られたのです。本来は、償いの意味も含め、他の民族にもまして手厚くするのが当たり前です。
しかし日本は正反対で、朝鮮学校を標的にして無償化から排除し、補助金を切り、存続の危機に追いやっています。これは民族抹殺、エスニッククレンジングの行為であると思います。
この問題は他の問題に比べ、日本政府の決断だけですぐ変えられる、比較的容易な問題です。明日にでも差別をやめるべきです。それで日朝国交正常化に一歩近づけます。
n 朝鮮半島の非核化
「朝鮮半島の非核化」と、「朝鮮民主主義人民共和国の非核化」は全く違う概念であるのに、日本政府やメディアはこの違いをはっきりさせず、「北朝鮮の非核化」という概念を平気で語り続けています。
朝鮮にだけ非核化を求めるということは、すでに圧倒的に非対称な米国の核の脅威をまったく問題視せず、朝鮮にだけ身ぐるみはげということです。
相手の身になって考えてみればわかります。イラクやリビアのように敵視され指導者が残酷な方法で殺され、国を壊されたケースをみれば、朝鮮が核兵器をもって米国から身を守ろうとするのは当然のことです。
だから、非核化を語るのなら朝鮮半島における米国の核の脅威をなくすことが必要なのです。
先日、李柄輝先生の講座にオンラインで出たとき、「“朝鮮半島の非核化”とは朝鮮にとっては具体的にどういう意味なのか」ということを聞きました。
答えは、「米国は、弾道ミサイルから爆撃機・空母まで、多様な手段を通じて、迅速に朝鮮に核攻撃を加える態勢を維持している。そのような核攻撃能力を排除することが朝鮮半島の非核化である」とのことでした。
韓国と日本の米軍の存在自体が朝鮮にとっての核の脅威なのです。
西側の言い分は、核のダブルスタンダードとしか言えません。西側の核はいいが、西側の敵の核は悪い。だから、ロシア、中国、朝鮮、イランの核は「悪い核」で、米国や同盟国の核は「良い核」だということです。イスラエルも核兵器を持っているのに査察も制裁もありません。
米国だけは何をやっても許される、という例外主義を日本も内在化しています。歴代の広島と長崎の式典での市長による平和宣言ではどこの国が原爆を落としたかを一度も言ったことがありません。日本被団協のノーベル平和賞の受賞スピーチでもそうでした。逆にロシアの核を名指しで批判していました。
敵視というのは戦争の前段階です。平和運動でさえ、政府と一緒になって特定の国を敵視するのです。戦争につながる敵対構造をあえて強化しながら核兵器廃絶などできないと思います。
n グローバル・マジョリティの時代
9月3日に北京で開催された、「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80年記念大会」(この後は9.3と呼びます)では、習近平主席が、朝鮮の金正恩委員長とロシアのウラジミール・プーチン大統領とともにこの重要な節目を祝いました。画期的なことでした。
しかし日本のメディア報道は、「良好な関係を誇示する」とか、「世界に結束を見せつける」という語調ばかりで、そこには加害国としての反省も、敗戦国としての謙虚さも見えません。
この催しは第一義的に、80年前の、大日本帝国を倒した記念日のお祝いです。日本人は米国と戦い、米国に負けたとしか思っていない人が多いので、この式典の意味がわからないのかもしれません。
米国の原爆投下が日本の降伏を決定的にしたかのように言われることが多いですが、実際はソ連の満州侵攻が大きな役割を果たしました。2月の日朝全国ネット創立パーティーにも来た、ピーター・カズニック教授など先進的な歴史家は、ソビエト侵攻のほうが大きな役割だったと言っています。
朝鮮は、40年の植民地支配の中で独立のために闘いました。1945年9月2日、戦艦ミズーリにおける降伏調印式で日本を代表した重光葵外相が足をひきずる姿に、私は「朝鮮は戦勝国である」という証を見ました。
1932年、大韓民国臨時政府の命を受けた独立運動家ユンボンギルが義挙した「上海天長節爆弾事件」で片足を失っていました。
今回、西側諸国がほとんど参加しなかった中、韓国からウ・ウォンシク国会議長が参加したのも、抗日戦争の勝者の一員であるということを印象付けました。
来賓の26か国のうち、アジア太平洋戦争で日本の被害を受けた国々は他にも、インドネシア、マレーシア、べトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスなどが参加していました。
これらの国々は日本帝国主義を倒した日を共に祝う資格があります。米国、英国など他の連合国も参加すればよかったのです。
BRICSプラスパートナー諸国の20か国は、いまや購買力平価(PPP)ベースで世界のGDPのおよそ半分を占めており、人口では世界全体の過半数を超える規模となっています。
文字通り「グローバル・マジョリティ」になってきているのです。
習近平主席が9.3の演説で触れましたが、BRICS側はウィンウィンの関係を求めているのに米国はゼロサムの関係、つまり自らの覇権を維持することにしか関心がありません。
だから米国は対決姿勢を強め、制裁、関税などで他国を疎外しています。それが結果的にグローバル・マジョリティの国々の結束を強めています。
さきほど敵視政策の話をしましたが、米国は敵視どころではありません。この8~9月だけでも、ウルチ・フリーダム・シールド(米韓)、フリーダム・エッジ(日米韓)、レゾリュート・ドラゴン(日米)という、大規模演習を行いました。
米軍基地で中国や朝鮮を取り囲み、中国が言い出したわけでもない「台湾有事」という概念を作りだし、戦争を煽っています。
米国が、中国や朝鮮の目と鼻の先でやっていることを、中国や朝鮮が米国沿岸でやったらどうなのでしょう?許されるはずがありません。
それなのに西側メディアは、9.3の式典における閲兵式を、「米国主導の国際秩序に対する強硬姿勢」と言って批判しました。
これだけ威嚇しておいて、中国は、国内で閲兵式をやることさえ許されないのでしょうか。
逆に、日本や欧米が「国際社会」と呼んでいる西側諸国は、世界の人口の15%にも満たないマイノリティなのです。グローバル・マジョリティが力をつけ、西側諸国にもう搾取はさせないという非西側国の、脱植民地主義の動きが加速しています。
朝鮮はその流れの中にいます。9.3の式典に金正恩委員長が行ったことは、その世界の流れに朝鮮も確実に加わったという宣言にも見えました。
n 米国が仕掛けた戦争
ロシアの特別軍事作戦について西側では、Unprovoked という枕詞とともに、ロシアが突然ウクライナを侵略した戦争だというナラティブが席捲しました。実際は違います。端的に言うと、この戦争は30年以上前にさかのぼります。ロシアが始めた戦争ではありません。米国が始めた戦争です。
米国のジャーナリスト、スコット・ホートン氏が昨年「Provoked」という分厚い本を出しました。7000のソースを使った、700ページの本で、どれだけ米国がロシアを威嚇してきたかーパパブッシュからバイデンにいたるまで、徹底的に記述しています。
冷戦が終結し、存在意義がなくなったはずのNATOは約束に反して東方拡大を続けました。2014年、米国は、ウクライナのナチス勢力を利用して、ウクライナ政権を転覆させます。民主的デモを装って、その国を自分の思い通りになる政権に取り換える米国の常套手段です。
それ以来、ウクライナの傀儡政権は東部ドンバス地方のロシア系住民を徹底的に迫害しました。グラートというロケット弾で市民に対し無差別攻撃を行いました。ドンバスの内戦では、国連によると1万4千人が命を落としました。
和平のためのミンスク合意も、西側が踏みにじりました。21年12月ロシアから米国への安全保障のための条約案もすべて米国が拒絶しました。22年2月、ウクライナによるドンバス攻撃が激化する中、とうとうロシアはドネツクとルガンスクの独立を承認し、特別軍事作戦に踏み切ったのです。
目的はウクライナ征服でも欧州侵略でもありません。自国と、ロシア系住民を守るためのウクライナ中立化、非ナチ化です。やりたくてやっているのではありません。
ウクライナ戦争の根本の原因を理解することは、朝鮮のロシア派兵を理解するためにも不可欠と思います。
米国およびNATOが束になってロシアを攻撃している中、ロシアも同盟国を持つことが許されていいはずです。
ロシアと朝鮮は24年、包括的戦略パートナーシップ条約を結び、その同盟関係のもとで朝鮮は派兵しました。派兵先は、ウクライナに攻撃されたロシア国内のクルスクの防衛に限定していました。
朝鮮兵は100人以上が戦死したと聞いています。ご遺族のお気持ちを思うと、計り知れない悲しみであったと想像します。
ただ、朝鮮がロシアと連帯したことについては、正しかったと思います。
ロシアの特別軍事作戦は、世界で内政介入と戦争を繰り返す西側帝国に対する、脱植民地主義の闘いの一つです。それに朝鮮が連帯したということは、朝鮮がthe right side of history、歴史の正しい側についたということです。
n 平和主義と脱植民地主義
このような話をすると、絶対的平和主義の立場から、戦争はいけない、非暴力でやらないといけない、核兵器はいけない、といったことを言う人たちが必ず出てきます。
わたしはこのような見方を、平和主義をかざしながら、脱植民地の闘いを抑えつける、一種の帝国主義であると思います。
それは平和主義でさえありません。誰かを踏みつけた上での「平和」など、平和とは言えないからです。(クォン・ヒョクテ『平和なき「平和主義」』)。
米軍基地を押し付けられている沖縄の人が、「日本が受け入れると決めた米軍基地は、沖縄ではなく日本本土に置け」という当然の要求を、「基地はどこにも要らない」と言って抑えつけるのもこのパターンです。
植民地支配しておいて、ユンボンギル義士のような蜂起行動を「テロリスト」と呼ぶのもそのパターンです。80年近くにおよぶイスラエルによるパレスチナ民族浄化という背景で起こった23年10月7日のハマスの蜂起についても、テロリスト扱いがいまだに西側に蔓延しています。
圧倒的非対称の構造で長年抑圧しておいて、被抑圧のほうが少しでも抵抗すると、暴力的だ!テロだ!といって100倍返しをするのです。
非難すべきはどちらでしょうか。
あらゆる平和的、外交的、政治的手段を奪われた民族が武装蜂起することを、奪っている側が責めることはできません。法政大学のシン・チャンウ教授の著書『植民地戦争』にあるように、「抵抗する側の視点」からの正当性を持つ戦争です。
日本の人たちは、「9条」や「平和」や「核廃絶」という、聞こえのよい言葉に乗せた「帝国主義的平和主義」を振り返る必要があります。
沖縄や韓国の軍事化を前提にしながら語る「9条の平和」。米国の核の傘を前提に語る「核兵器廃絶」。日本を被害者として宣伝する「唯一の被爆国」という概念で、その暴力性は増幅します。
いまこそ、日本人はやられた側に立っての捉えなおし、語り直しが必要と思います。植民地支配されたことのない民族だからこそ、想像力をはたらかせる必要があります。
n 日朝全国ネットの役割
世界で、グローバル・マジョリティによる、大きな脱植民地の流れ、多極化とも言われる流れに朝鮮が参加しています。米国および西側諸国はこのままゼロサムの闘いを続け滅亡の道を歩むのか、それともウィンウィンの新しい世界秩序に参加するのかの岐路に立っています。
日本はアジアに位置しながら、なお「脱亜入欧」の道を歩み続けています。果たして、このまま米国に従属し、戦争と破壊の道をともにするのでしょうか。それとも、再びアジアの一員となり、地域の平和と自己決定権に貢献するのでしょうか。
朝鮮との国交正常化は、日本が「グローバル・マジョリティ」に受け入れられる可能性があるかどうかを示す、試金石になるのではないかと考えます。 それを可能にするため、日朝全国ネットは、朝鮮への理解と友好を推進する活動をどんどん行っていけばいいと思います。自分たちがマジョリティであると、自信を持っていいと思います。
日朝国交正常化のためには、日本人が変わらなければいけない 2025年9月27日 乗松聡子
력사외곡에 매달려도 과거죄악은 감출수 없다
과거죄악에 대해 사죄는커녕 인정조차 하지 않는 나라라고 하면 일본이 물망에 오른다.정계에서 극악한 침략행위와 반인륜범죄들이 정당한것으로 평가되고 전범자들이 《애국자》로 떠받들리우는 곳은 일본밖에 없기때문이다.
얼마전 일본문부과학성이 과거 일본군성노예, 강제노예로동문제에서 《강제적이라는것은 존재하지 않았다.》는 내용을 쪼아박은 고등학교교과서를 심의비준한것도 과거문제를 대하는 일본의 파렴치한 태도를 보여주는 또 하나의 실례라고 할수 있다.
2021년 4월 일본반동정객들은 각료회의에서 제2차 세계대전시기 조선반도로부터 일본본토에로의 로동자동원을 강제련행이라고 표현하는것이 부적절하다고 주장하였다.유엔인권리사회 제47차회의에서는 일본군이 성노예를 강제모집하였다는것은 꾸며낸 이야기라고 강변하였다.
그후 일본반동들은 력사교과서들에 《강제련행》을 《동원》, 《징용》으로 표기할데 대한 지침까지 하달하였다.이번 교과서문제는 그에 따른것이다.
수많은 조선사람들을 침략전쟁터와 고역장들에 강제로 끌고가 대포밥으로 써먹고 숨쉬는 도구, 말하는 짐승으로 취급하고도, 세계력사에 있어보지 못한 성노예제도를 만들어내고도 일본은 세상이 다 아는 그 엄청난 죄악을 한사코 부인하고있다.
10대의 소녀로부터 유부녀에 이르기까지 20만명에 달하는 조선녀성들이 일제침략군의 성노예로 되였다.일본군성노예로 끌려갔던 녀성들은 거의나 살아돌아오지 못하였다.
중일전쟁발발이후에만도 무려 840만여명에 달하는 조선사람들이 장시간의 가혹한 노예로동과 학대, 비참한 총알받이의 운명을 강요당하였다.면적이 0.1㎢도 되나마나한 섬을 10m높이의 두터운 콩크리트담벽으로 둘러막은 나가사끼시앞바다의 하시마해저탄광에서만도 항시적으로 근 1 000명의 조선사람들이 감독들의 삼엄한 감시와 채찍밑에서 하루 12~14시간 노예로동을 하였다.
일제는 태평양전쟁말기인 1945년 3월 수백대의 미군폭격기들이 도꾜와 오사까에 대한 대대적인 공습을 할 때 조선사람들이 공습의 혼란된 틈을 타서 도주할수 있다고 하면서 집단적으로 가두어놓아 숱한 사람들이 억울하게 생죽음을 당하게 하였다.
일본이 부정한다고 해서 력사가 달라지는것이 아니며 생억지를 쓴다고 하여 죄행이 무마되는것이 아니다.일본이 저지른 과거범죄는 론박할 여지가 없는, 시효가 없는 반인륜범죄이다.
몇해전 유엔의 한 기구가 보고서를 발표하여 일본군성노예문제해결을 회피하고있는 일본정부에 유감의 뜻을 표하면서 2014년 일본정부에 권고하였던 3가지 사항을 재차 밝힌바 있다.그 첫째는 일본군성노예문제를 실질적이고 독립적이며 공정한 방식으로 조사하고 모든 증거자료들을 공개하는것과 함께 가해자들을 기소하고 처벌하는것이며 둘째는 피해자들과 그 유가족들에게 충분히 배상하는것이다.셋째는 성노예문제를 교과서에 반영하고 피해자들을 모독하거나 사건을 부정하는 모든 시도를 중지하라는것이다.
일본반동들이 온 세계가 지탄하는 극악한 전쟁범죄의 진상을 애써 부정하며 력사외곡책동에 그토록 매달리고있는 목적은 다른데 있지 않다.
과거범죄에 대한 저들의 파렴치한 주장을 어떻게 하나 국제사회에 들이먹이여 전범국, 가해국이라는 속박에서 벗어나자는데 있다.또한 새세대들이 조상들의 죄악에 대한 꼬물만한 죄의식도 가지지 못하게 하여 재침의 돌격대로 수월하게 써먹자는것이다.
죄악에 찬 과거를 미화분식하고 전철을 밟는 일본에는 결코 밝은 앞날이 있을수 없다.(전문 보기)
고쳐쓸수도 지워버릴수도 없는 일제의 강제로동범죄
일본반동들이 과거죄악을 덮어버리기 위한 력사외곡책동에 집요하게 매여달리고있다.
얼마전 일본문부과학성은 일본군성노예, 강제노예로동 등 식민지통치시기 저지른 반인륜적죄행에 대해 강제적이라는것은 존재하지 않았다느니 뭐니 하면서 이를 전면부정한 고등학교교과서들을 심의, 채택하는 놀음을 벌리였다.
일본의 이러한 망동은 과거청산을 회피하고 그릇된 력사교육을 통해 후대들에게 군국주의망령을 주입시키려는 음흉한 술책으로서 절대로 스쳐보낼 문제가 아니다.
과거 일제가 우리 나라를 비롯한 아시아나라 인민들에게 이루 헤아릴수 없는 재난과 고통을 들씌운 만고죄악은 이미 세인이 공인하고있는 엄연한 력사적사실이다.
특히 지난 세기 우리 나라를 강점한 일제는 인류사에 그 류례를 찾아볼수 없는 천인공노할 강제로동범죄를 감행하였다.
지금으로부터 80여년전인 1938년 4월 1일 침략전쟁에 요구되는 인적, 물적자원을 강제로 동원하기 위하여 《본법의 시행은 외지(식민지나라들)에도 적용한다.》는 문구를 박아넣은 《국가총동원법》이라는것을 뭉그려낸데 이어 《국민징용령》, 《장년전원에 대한 징용령》, 《녀자정신대근로령》 등 악법들을 조작개정한 일제침략자들은 우리 인민들을 나이, 성별에 관계없이 닥치는대로 붙잡아 죽음의 고역장들에 내몰았다.
중세기적인 《노예사냥》을 무색케 하는 랍치행위에 의해 일본각지에 끌려간 수많은 사람들은 군수공장, 비행장, 발전소, 광산, 탄광 등에서 노예취급을 받으며 고역에 시달리다가 나중에는 비참하게 생을 마치였다.
일제침략자들은 《조선인도 사람인가?》라고 뇌까리며 아무런 로동보호시설도 갖추지 못한 곳에 조선인로동자들을 마구 들이밀었으며 결국 1940년-1944년기간에 일본전국의 탄광들에서만 하여도 6만여명이 목숨을 잃었다.
지어 수력발전소언제공사장들에서 《인체가 혼합물에 들어가야 언제콩크리트가 견고해지고 언제나 신의 보호를 받는다.》라고 줴쳐대면서 우리 로동자들을 마소같이 부려먹다 못해 언제속에 《제물》로 생매장해버리는 귀축같은 만행을 저질렀다.
일본렬도에는 우리 인민들의 피와 땀이 스며있지 않은 곳이 거의나 없다.
일제의 강제로동을 회상하여 일본의 한 탄광에 끌려가 노예로동을 강요당하였던 피해자는 이렇게 증언하였다.
《둘이 한조가 되여 한 사람은 캐내고 다른 한 사람은 운반하는 일을 하였다.기준량으로 정해진 작업을 끝마치지 못하면 밖으로 내놓지 않았으므로 어떤 때에는 아침 7시부터 19시간을 일하였으며 다음날 새벽 3시에 밖으로 나오는 때도 있었다.식사는 보통 돼지도 먹지 않을 그런것을 주었는데 배가 고파 힘을 쓸수 없었다.》
이렇듯 일제의 강제로동범죄를 고발하는 증거자료는 일본의 력사도서들과 정부문건들에도 명백히 밝혀져있다.
일본의 한 도서에는 《징용이 강제련행형식의 성격을 띠고있었기때문에 조선인들속에서 도망치는 사람들이 계속 나타났다.》고 수록되여있으며 1942년 8월 당시 일본후생성에서 진행된 회의를 기록한 문건에도 《조선에서 많은 사람들을 랍치하여 주로 군관계의 공사를 시켰다.》, 《강제적으로 끌고와 가혹한 로동을 시키니 도망가는자가 나왔다.》와 같이 강제로동범죄를 인정한 당시 고위인물들의 발언내용이 적혀있다.
사실이 이러함에도 불구하고 일본반동들은 징용은 《조선사람들의 자원적의사》에 의한것이라느니, 어떤 형태로 일본에 왔든 강제동원은 아니였다느니 하는 파렴치한 궤변으로 과거범죄를 미화분식하고있으며 이번에 또다시 력사외곡행위를 강행하였던것이다.
그러나 력사는 결코 고쳐쓸수 없으며 지워버릴수는 더더욱 없다.
일본반동들이 저질스러운 말장난, 글장난질을 일삼으며 과거범죄를 덮어버리려고 모지름을 쓸수록 그것은 죄악에 찬 력사를 부정하고 그를 되풀이하려는 현 일본위정자들의 비렬하고 더러운 진면모만을 보다 부각시킬뿐이다.
아무리 요술을 피워도 일본은 강제로동범죄의 책임에서 절대로 벗어날수 없다.(전문 보기)
4.15節記念日朝友好の集いー朝鮮大学校創立70周年を祝してー4月18日(土)午後1時より
2026년 4월 1일 웹 우리 동포
4.15節記念日朝友好の集い
ー朝鮮大学校創立70周年を祝してー
4月18日(土)朝鮮大学校
午後1時より(受付12:30より)
력사를 통해 본 천년숙적 일본의 죄악 일제의 조선침략정책실행과 잇닿은 명성황후살해사건
(평양 3월 13일발 조선중앙통신)
일제의 조선침략사에는 천인공노할 살륙만행으로,계획적인 특대형범죄행위로 기록된 명성황후살해사건도 있다.
조선을 식민지화하려는 일본침략자들의 책동은 19세기말에 이르러 극도에 달하였다. 그러나 렬강들의 간섭과 압력으로 일본의 대조선지배권이 허물어지는 위기에 처하게 되였으며 명성황후의 배일정책실시가 일본에 있어서 또 하나의 큰 타격이 아닐수 없었다.
저들의 야망을 좀처럼 진척시킬수 없게 된 일본침략자들은 정세를 역전시키기 위해 모색하던 끝에 그 출로를 명성황후를 제거하는데서 찾았다.
국모를 살해할 범죄적흉계를 꾸민 일본침략자들은 그 적임자로 륙군중장 미우라 고로를 내정하고 조선에 파견하였다.
극악한 군사깡패인 이자는 명성황후를 살해하는데 필요한 모든 수단을 다 동원할수 있는 절대적인 권한을 부여받고 계획을 면밀히 세웠으며 구체적인 실행분담안도 작성하였다.
1895년(을미년) 10월 8일 미우라의 주도하에 범죄적만행이 개시되였다. 조선황궁으로 침입한 일본살인악당들은 황제와 명성황후가 거처하는 곳으로 쳐들어가 황제,황태자를 연금해놓고 명성황후를 찾아내기 위해 돌아쳤다.
맞다드는 궁녀들을 칼로 마구 찔러죽이던 일본침략자들은 쓰러진 궁녀들속에서 아직 숨이 붙어있는 한 녀인이 명성황후라는것을 확인하고는 그를 이불에 싸서 이미 준비해놓았던 장작더미우에 올려놓고 석유를 뿌려 불태워죽이였다. 저들의 목적이 달성되자 미우라는 《이것으로써 조선은 드디여 일본의것으로 되였다.》고 뇌까리였다.
야수적인 방법으로 명성황후를 살해한 일제는 조선을 예속화하기 위한 책동을 더욱 로골화하였으며 끝끝내 무력으로 강점하였다.
일본침략자들에 의해 감행된 명성황후살해사건은 조선침략정책실행과 직접적으로 잇닿은 특대형국가테로행위였다.(전문 보기)
력사를 통해 본 천년숙적 일본의 죄악 무력에 의한 일본의 조선침략의 서막-《운양》호사건
(평양 3월 4일발 조선중앙통신)
바다로 둘러막힌 섬나라 일본은 해외침략을 생존과 발전을 위한 최상의 방책으로 내세우면서 그 실행을 위해 광분하였다.
저들의 력사에 부르죠아개혁으로 알려진 《명치유신》을 계기로 군사봉건적자본주의에로 이행하기 시작한 일본이 제창한것은 무력으로 조선을 정복하여야 한다는 날강도적인 《정한론》이였다.
이 호전적인 《정한론》에 따라 조선에 대한 군사적침공의 길에 나선 일본침략자들은 1875년 《운양》호사건을 조작하였다. 이것은 조선을 무력으로 침공하기 위한 구실을 만들어내기 위해 계획적으로 도발한 모략사건이다.
일본은 그해 5월과 9월에 그 무슨 발포연습을 한다고 하면서,《항로측량》의 구실을 대면서 《운양》호를 조선의 연해에 침입시켰다. 그 목적은 불평등적인 조약을 강요하기 위한 구실을 만들어내는데 있었다.
조선에 대한 각종 군사정탐행위를 감행하고 방어시설이 없거나 약한 여러 지역을 습격하여 수많은 무고한 주민들을 살륙하는 만행에 분노한 조선수비병들은 침략자들에게 불벼락을 안기였다.
때를 만난듯이 《조선측이 일본에 대해 적대행위를 하였다.》고 하면서 공공연한 무력간섭에 나서기 시작한 일본침략자들은 대포와 군함으로 조선봉건정부를 위협공갈하여 그 다음해 2월 침략적이며 예속적인 불평등조약을 체결하였다.
일본은 이 《조약》에 치외법권을 규정해놓은것을 통하여 조선에서 봉건국가의 법에 구애됨이 없이 제 마음대로 침략과 략탈을 비롯한 온갖 범죄행위를 다할수 있는 법적담보를 마련하였으며 그에 기초하여 정치,경제,군사 등 여러 분야에 걸쳐 조선에 침략의 마수를 깊숙이 뻗칠수 있게 되였다.
이렇듯 《운양》호사건은 무력에 의한 일본의 조선침략의 서막이였다.(전문 보기)
력사를 통해 본 천년숙적 일본의 죄악 우리 인민의 문화발전을 저애한 일본의 금속활자략탈만행
(평양 2월 10일발 조선중앙통신)
일본이 1592년(임진년)에 대병력으로 일으킨 우리 나라에 대한 침략전쟁을 일명 《활자전쟁》이라고도 한다.
그만큼 일본침략자들은 임진조국전쟁기간 우리 인민의 창조적지혜와 재능이 깃든 금속활자들을 마구 략탈하였다.
금속활자는 세계적으로 우리 나라에서 처음으로 만들었다.
우리 인민은 고려시기 목활자인쇄기술을 발전시켜온 경험에 토대하여 금속활자를 만들어 출판인쇄업에 활용하였으며 조선봉건왕조시기에도 수십만개의 금속활자를 주조하여 조선봉건왕조실록과 같은 많은 서적을 인쇄하였다.
우리 인민의 우수성을 보여주는 금속활자들은 임진조국전쟁시기 일본침략자들의 략탈의 대상이 되여 거의다 사라졌고 우리 나라의 문화발전은 커다란 지장을 받았다.
일본침략군이 전쟁기간 우리 나라에서 략탈해간 금속활자의 수는 20만개이상에 달한다. 일본은 이것을 가지고 빈터나 다름없었던 인쇄업을 발전시켜 정치,군사,경제 등 여러 분야의 책을 찍었다.
일본의 한 학자는 이 전쟁을 두고 유감스러운 전쟁이였지만 그를 계기로 일본사회에서 인쇄《혁명》이 일어나게 되였다고 주장하였다.
이것은 일본침략자들이 임진조국전쟁기간 우리 나라의 귀중한 문화재인 금속활자를 얼마나 악착하게 략탈해갔는가를 실증해준다.
《활자전쟁》으로 하여 세계최초의 금속활자발명국인 우리 나라에서는 주자소가 다 불타버리고 동활자는 거의다 없어져 활자인쇄업은 그후 약 70년간이나 중단되다싶이 하였다.
일본의 금속활자략탈만행은 우리 인민의 문화발전을 저애하기 위한 야만적인 행위이다.(전문 보기)
歴史を通じて見た千年来の敵、日本の罪悪 わが人民の文化発展を妨げた日本の金属活字略奪蛮行
【平壌2月10日発朝鮮中央通信】日本が1592年(壬辰年)に大兵力で起こしたわが国に対する侵略戦争を一名「活字戦争」とも言う。
それだけ、日本侵略者は壬辰祖国戦争の期間にわが人民の創造的知恵と才能が宿っている金属活字をむやみに略奪した。
金属活字は、世界的にわが国で初めて作られた。
わが人民は、高麗時代に木活字印刷技術を発展させてきた経験に基づいて金属活字を作って出版・印刷業に活用し、朝鮮封建王朝時代にも数十万個の金属活字を鋳造して朝鮮封建王朝実録のような多くの書籍を印刷した。
わが人民の優秀性を見せる金属活字は、壬辰祖国戦争の時期に日本侵略者の略奪の対象となってほとんどなくなり、わが国の文化発展は大きな支障を受けた。
日本侵略軍が戦争の期間にわが国で略奪した金属活字の数は20万個以上に及ぶ。
日本は、これを持ってゼロ状態同様であった印刷業を発展させ、政治、軍事、経済など各分野の本を刷った。
日本のある学者は、この戦争について残念な戦争であったが、それをきっかけに日本社会で印刷「革命」が起こるようになったと主張した。
これは、日本侵略者が壬辰祖国戦争の期間にわが国の貴重な文化財である金属活字をどれほど悪辣(あくらつ)に略奪したのかを実証する。
「活字戦争」によって世界初の金属活字発明国であるわが国では鋳字所が全部焼失し、銅活字はほとんどなくなって活字印刷業はその後、約70年間も中断される状態となった。
日本の金属活字略奪蛮行は、わが人民の文化発展を妨げるための野蛮な行為である。(記事全文)
력사를 통해 본 천년숙적 일본의 죄악
(평양 2월 4일발 조선중앙통신)
일본은 수백년전부터 우리 나라에 끊임없이 침략의 불집을 일구며 조선인민앞에 죄악의 력사만을 덧쌓아왔다.
날강도적인 방법으로 조선을 강점한 일제는 우리 인민에게 헤아릴수 없는 고통과 재난을 들씌우면서 《대동아공영권》의 침략적망상을 실현하기 위해 피를 물고 날뛰였다.
력사는 침략의 마수를 뻗치는 곳마다에서 잔악무도한 범죄적만행을 거리낌없이 감행하면서 우리 인민에게 천추에 용납 못할 반인륜적죄악을 저지른 천년숙적 일제의 죄행을 낱낱이 고발하고있다.
국가적인 대량살륙전쟁,략탈전쟁으로 기록된 임진조국전쟁
일본은 1592년(임진년) 20여만의 대병력으로 우리 나라에 대한 침략전쟁을 일으켰다. 이것은 일본이 우리 나라를 대상으로 감행한 첫 국가적인 범죄행위였다.
임진조국전쟁으로 불리우는 이 전쟁에서 일본살인마들은 제놈들의 야수성을 낱낱이 드러냈다.
피에 절은 칼을 휘둘러 권력의 자리에 오른 도요도미 히데요시의 명령에 따라 일본살인귀들은 이르는 곳마다에서 우리 인민들을 잔인하게 살륙하였다. 조선사람의 눈알을 뽑아내고 목을 잘라 저들의 군영앞에 매달아놓았다.
기록에 남은 자료만 보아도 일본침략군은 2차침공때에 11만 3 300여명을 살해하였다. 1차침공때 여러 지역에서 대량학살한 사람들까지 합치면 그 수는 무려 수십만명에 달한다.
일본침략자들은 임진조국전쟁시기 수많은 조선사람들의 사지를 자르거나 그들을 생매장하고 불태워죽이는 한편 략탈과 파괴행위에도 광분하였다.
우리 나라의 이름난 도자기들을 비롯한 문화재들을 닥치는대로 략탈,파괴하고 도공들을 끌어갔으며 유학자와 의사,건축가,화가,인쇄공 등 여러 분야의 인재들은 물론 일반 백성들까지 랍치해갔다.
임진조국전쟁은 우리 인민의 결사적인 항전에 의해 1598년 일본의 대참패로 끝났지만 그후 인재의 부족과 로동력고갈로 경제가 추서지 못해 인민들은 오래동안 큰 고통을 겪었다.
임진조국전쟁시기 일본침략군이 저지른 만행은 천추에 용납 못할 특대형국가범죄이다.(전문 보기)
천년숙적 일본의 만고죄악을 폭로단죄하는 력사학부문 토론회 진행
천년숙적 일본의 만고죄악을 폭로단죄하는 력사학부문 토론회가 12일 사회과학원에서 진행되였다.
과학, 교육, 출판보도부문 등의 일군들, 교원, 연구사들, 기자들이 여기에 참가하였다.
토론회에서는 사회과학원 연구사들인 조희승동지, 조명철동지, 조선중앙력사박물관 부관장 김영희동지, 김일성종합대학 소장 윤신영동지가 일제의 반인륜적범죄행위들을 폭로단죄하는 론문들을 발표하였다.
토론자들은 우리 인민에게 헤아릴수 없는 고통과 불행을 강요한 일제가 국가권력의 대표자에 대한 침해를 통하여 우리 나라의 자주권을 무참히 유린하는 대범죄를 저지른데 대하여 론증하였다.
지금으로부터 백수십년전 일제는 명성황후를 잔인하게 살해하고 황제를 강압적으로 퇴위시키였으며 군사적위협과 공갈의 방법으로 《을사5조약》과 《한일합병조약》을 날조하였다.
조약의 중요한 법적근거로 되는 황제의 서명, 국새날인도 없는 범죄적문서들을 련이어 조작날조한 일제의 파렴치한 특대형범죄행위에 의하여 국가의 자주권은 무참히 유린당하고 우리 인민은 식민지노예의 운명을 강요당하게 되였다.
토론자들은 사상문화분야에서의 파쑈화책동의 일환으로 《황국신민화》정책을 로골적으로 실시하고 우리 인민의 문화전통을 말살하기 위하여 악랄하게 책동한 일제의 야만성에 대하여 폭로하였다.
일제는 《동조동근》, 《내선일체》의 미명밑에 조선사람의 말과 글, 이름까지도 영영 없애버리고 우리 인민의 전통적인 문화에서 중요한 부분을 차지하는 생활풍습을 말살하기 위해 미쳐날뛰였다.
전통적인 옷차림풍습은 물론 가무와 민속놀이까지 무자비하게 탄압한 일제의 야만적인 만행에 의하여 유구한 력사를 자랑하는 우리 인민의 문화전통은 거세말살되게 되였다.
토론자들은 우리 인민의 슬기와 창조적재능이 깃들어있는 문화유산들을 강탈한 일제의 문화재파괴략탈만행은 력사상 그 류례를 찾아볼수 없는 가장 간악한 대죄악이라는데 대하여 까밝혔다.
일제는 세기를 이어오면서 가장 비렬한 방법으로 우리의 문화유산들을 파괴략탈하는 전대미문의 범죄를 저질렀다.
왕릉은 물론 선조들의 무덤까지 파헤치는 흉악무도한짓을 꺼리낌없이 감행하였을뿐 아니라 력사적사실들을 기록한 귀중한 서적들과 미술작품 등을 마구 략탈한 일제야말로 우리 인민이 수천년을 이어오며 이룩해놓은 문화유산들을 하루아침에 허물어버린 야만의 족속이다.
토론자들은 일제가 우리 인민앞에 저지른 만고죄악은 반드시 결산되여야 한다는데 대하여 강조하였다.
지난날 우리 나라에 대한 수십년간에 걸치는 식민지통치를 실시하면서 일제가 우리 인민에게 끼친 범죄적만행들은 력사에 전무후무한 만고죄악으로서 절대로 덮어버릴수도 용서할수도 없다.
과거죄행에 대한 모든 책임을 인정하고 전패국으로서의 국제적의무를 준수할것을 세계앞에 공약하고서도 오늘까지 그 무슨 《적법성》과 《증빙자료결여》, 《전후배상완료》 등을 운운하면서 죄악에 찬 력사를 외곡, 은페하고있는 일제의 파렴치한 행태는 우리 인민과 국제사회에 대한 참을수 없는 우롱이고 정의와 량심에 대한 도전이다.
일제가 저지른 죄악을 끝까지 결산하는것은 지난 세기 국제법과 인륜도덕마저 안중에 없이 사상초유의 특대형범죄를 저지른 전범국 일본을 엄정히 심판하고 우리 인민의 쌓이고쌓인 원한을 풀기 위한 필수적요구이며 력사의 참화를 되풀이하려는 군국주의일본의 무분별한 재침책동을 짓부시고 지역과 세계의 평화와 안정을 수호하기 위한 시대적요구이다.
토론자들은 세월이 흐르고 세대가 열백번 바뀌여도 천년숙적 일제가 우리 인민에게 남긴 력사의 상처는 절대로 아물수 없으며 복수의 피값을 천백배로 받아내야 할것이라고 강조하였다.(전문 보기)
귀중한 문화재들을 략탈한 용납 못할 범죄행위 공예전문가와 나눈 이야기
우리 인민에게 저지른 일제의 만고죄악을 천백배로 결산하자
위대한 령도자 김정일동지께서는 다음과 같이 교시하시였다.
《조선에 대한 일제의 가혹한 식민지략탈정책과 일제가 우리 인민에게 끼친 불행과 재난은 인류력사에 그 류례를 찾아볼수 없는것입니다.》
이미 오래전부터 우리 나라에 침략의 마수를 뻗쳐온 일본침략자들은 그 과정에 우리 인민이 조상대대로 내려오며 창조하여온 귀중한 문화재들을 수많이 파괴하고 략탈해갔다.
이러한 문화재파괴략탈행위는 단순한 강탈행위가 아니라 계획적으로 준비되고 감행된 국가적범죄이며 조선의 오랜 력사와 문화, 전통을 말살하여 그 존재자체를 력사에서 지워버리려고 한 천추에 용납 못할 반인륜적죄악이다.
우리는 그에 대하여 조선미술가동맹 중앙위원회 공예분과위원장인 위국현동무와 만나 이야기를 나누었다.
기자: 우리 나라의 문화재들을 마구 략탈한 일본의 범죄행위는 일제식민지통치시기보다 수백년이나 썩 이전시기인 임진조국전쟁시기에도 감행되지 않았는가.
위국현: 그렇다.1592년-1598년 임진조국전쟁시기 일본침략자들은 가치있는 우리 나라의 문화재들을 수많이 략탈해갔다.
당시 우리 나라의 발전된 문화 특히 도자기공예기술에 대하여 잘 알고있던 일본침략자들은 조선에 피묻은 발을 들이민 첫 시기부터 산간오지의 가마터까지 다 뒤져가며 가치있는 도자기들을 략탈하였을뿐 아니라 수많은 기술자들과 장공인들을 닥치는대로 랍치해갔다.
이때 끌려간 우리 나라의 기술자들은 《도노》(도자기노예)로 불리우며 도자기를 만드는 일을 강요당했다.
일본도서들에서 일본의 《이름난 자기》라고 서술한것들은 다 조선인기술자들이 일본의 각 지방에서 개발한 도자기들이며 그것은 후날 일본《도자예술》의 조상으로 되였다.
일본인들은 조선사람들이 일상시에 흔히 쓰는 밥그릇과 같은 평범한 자기들도 귀중품처럼 애용하였으며 차그릇으로도 사용하였다.
기자: 우리 나라의 문화재들에 대한 일제의 략탈행위는 식민지통치기간에 더욱 로골적으로 감행되지 않았는가.
위국현: 일제의 문화재략탈행위는 《을사5조약》을 날조하여 우리 나라의 국권을 송두리채 빼앗은 후부터 더 강도적으로 감행되였다.
일제는 우리 나라 각지의 왕릉들을 비롯한 수천개의 옛무덤들을 거의 모두 도굴하였다.
개성시에 있는 어느한 왕릉에 대한 도굴만행은 그 단적인 실례로 된다.
일제는 왕릉을 도굴하기 위해 여러곳에 기관총을 설치하고 수많은 헌병과 경찰대까지 동원하였으며 묘의 출입구를 찾기 위해 화강석으로 된 묘의 병풍석을 폭파하고 그안에 있던 달구지 10여대분의 유물들을 털어갔다.
평양시 락랑구역일대에 있는 우리 나라 옛무덤가운데 일제의 피해를 입지 않은것, 봉분이 성한채로 남아있는것이 거의 없는 사실은 놈들의 문화재략탈행위의 강도성과 악랄성을 낱낱이 고발하고있다.
기자: 《을사5조약》날조이후 감행된 일제의 문화재략탈행위가 조직적이며 계획적인 국가범죄라는데 대하여 구체적으로 이야기해주었으면 한다.
위국현: 일제의 문화재략탈행위는 철저히 관권과 군권이 총동원되여 조직적으로, 계획적으로 감행된 국가범죄였다.
조선통감부의 첫 통감이였던 이또 히로부미는 국보적가치를 가지는 수많은 문화유물을 략탈하여 일본왕과 왕족, 귀족들에게 섬겨바쳤을뿐 아니라 부하들과 공모하여 일본의 박물관이나 골동품장사군들에게 비싼 값으로 팔아 폭리를 보았다.
두번째 통감이였던자도 우리 나라의 문화유물들에 대한 략탈을 적극 장려하였다.
일제는 저들의 문화재략탈행위에 《합법성》의 외피를 씌우기 위해 1916년에 조선고적조사위원회를 비롯한 각종 위원회, 연구회와 법령, 규정 등을 조작하고 유적조사로부터 발굴처리에 이르기까지 모든것을 오직 조선총독부와 일본인들만 관할하게 하였다.
조선총독부의 관리들과 조사위원, 고고학자, 골동품수집가 등의 각종 탈을 쓴 일본강도배들은 헤아릴수없이 많은 가치있는 문화재들을 략탈하여 일본으로 실어갔을뿐 아니라 그 일부를 《연구》, 《진렬》의 명분을 걸고 형식상 비치하였다가 나중에는 그마저도 일본으로 빼돌렸다.
그들중 가루베라는자는 중류급이상의 무덤들을 매해 수백기씩이나 도굴하였는데 이자는 1963년에 일본기자와의 회견에서 《고분 2 000기를 도굴하였으며 거기에서 나온것을 장사군에게 평가시켜보았더니 값이 3억 수천만¥이라고 하였다.》라고 실토하였다.
기자: 현재 일본에 우리 나라의 문화재들이 많이 소장되여있지 않는가.
위국현: 그렇다.일본인들스스로가 밝힌데 의하면 도꾜국립박물관, 네즈미술관을 비롯하여 크고작은 박물관들과 대학, 절간들에 도자기, 금속공예품, 자개박이공예품, 불상, 그림, 도서, 활자 등 우리 나라의 다종다양한 문화재들이 소장되여있고 개인들도 수많이 가지고있다.
기자: 문화재략탈행위에 대한 일본정객들의 립장은 어떠한가.
위국현: 일본정객들은 조상들의 략탈행위를 《가장 볼만한 문화사업》이였다고 찬양하며 추어올리고있다.그리고 우리 나라에서 략탈한 문화재들을 저들의 《국보》로, 《중요문화재》로, 《중요미술품》으로 등록해놓고 선전하면서 조선의 유구한 력사와 문화전통을 란도질하고있으며 세계를 우롱하고있다.
그들이 《국보》로 내세우고 자랑하는 문화재들이 과연 어떤것인가에 대해 일본의 한 학자는 이렇게 폭로하였다.
《일본국보라고 세계에 자랑하고 또 세계의 많은 사람들이 그 미를 찬양하고있는 작품의 거의 모두가 대체 누구의 손에 의하여 만들어진것인가?
그것은 조선사람들에 의하여 만들어진것이 아닌가.
이것은 력사가들도 립증하는 의심할 여지조차 없는 사실이다.
이것이야말로 정당히 말해서 조선의 국보라고 부르지 않으면 안된다.》
일본반동들은 지난날 우리 나라에서 저지른 파렴치한 략탈행위에 대해 사죄 한마디 하지 않고 오히려 조상들의 날강도행위를 자랑스럽게 여기면서 뻔뻔스럽게 놀아대고있다.
우리는 아무리 세월이 흐른다고 해도 일제가 감행한 문화재략탈행위를 절대로 잊지 않을것이며 그 대가를 반드시 받아내야 할것이다.(전문 보기)
【インタビュー】約10年ぶり訪朝のデヴィ・スカルノ氏 国力強化の勢いに驚き、原動力はリーダーシップ
2025年10月21日 朝鮮新報
【平壌発=金淑美】朝鮮労働党創建80周年に際して、9日から14日まで訪朝したデヴィ・スカルノ氏(85、一般財団法人アース・エイド・ソサエティ代表理事)が12日、平壌高麗ホテルで本紙平壌支局のインタビューに応じた。インドネシアのスカルノ元大統領夫人として、朝鮮と親交を深めてきたデヴィ氏。閲兵式をはじめとする今般の祝賀行事に参加した感想、約10年ぶりに見た朝鮮の発展の様相について語った。
【写真−1】インタビューに応じるデヴィ・スカルノ氏(12日、平壌高麗ホテル)
-今回の訪朝の目的、滞在中の日程についてお聞かせください。
朝鮮労働党80周年記念行事にお招きを受けて訪朝しました。また、国際金日成賞理事会および国際
金正日賞理事会の理事として、11日に行われた国際金日成賞第11回会議、国際金正日賞理事会第2回会議に参加しました。国際金正日賞理事会では、これから受賞者を選び、金正日総書記生誕85周年を迎える2027年に賞を授与します。
【写真−2】国際金日成賞第11回会議、国際金正日賞理事会第2回会議の参加者ら(朝鮮中央通信=朝鮮通信)
国際金日成賞および国際金正日賞は、世界の自主化や人類の平和など、政治・経済・文化的に最も国に尽くした人に与えられる賞です。
会議は、まず朝鮮社会科学者協会のキム・ウンジェ副委員長から説明があり、それに対して私たち理事が答える形で行われました。
【写真−3】11日に行われた国際金日成賞第11回会議、国際金正日賞理事会第2回会議(朝鮮中央通信=朝鮮通信)
-党創建80周年祝賀行事はいかがでしたか。
素晴らしいの一言に尽きます。 私と共に日本から来たメンバーもとても感激していました。もし共和国でオリンピックの開会式をするとしたら、世界中の人があっと驚くようなすごいものができると思います。
まず、共和国の国力の勢いを感じました。そして統率力です。音楽、レーザー光線、花火などもすばらしかったけど、十数万人の出演者が誰一人、間違えない。どれくらいの訓練をしたらあんなことができるのでしょう。あんなことができるのは共和国だけだと思います。
市民パレードの最中に全員が一斉に立ち上がるということが3回くらいありました。最初は皆さんがなぜ立ち上がったのかわからなかったのですが、金正恩国務委員長の写真が登場したんです。金委員長が、それぐらい人々から尊敬され、敬愛されているということがよくわかりました。
-朝鮮とは長い間、親交を深めてきました。久しぶりに朝鮮を訪れた感想は。
私は1965年の4月10日に、インドネシア・ジャカルタのムルデカ大統領官邸におけるレシプションで金日成主席と金正日総書記にお会いしました。
初めて訪朝したのは2002年だったと思います。その頃と比べると平壌の姿は様変わりしました。朝鮮の発展のスピードには毎回、驚きます。
平壌国際空港から市内に入るまで道路の両側がとてもきれいで、世界中いろんな国に行きましたが、こんな国はないと思います。街中に人があふれ、高層ビルがたくさん立ち並んでいます。しかも趣味がいい。東京の新宿や渋谷のような品のない看板やネオンサインがまったくありません。平壌にくると都という感じがします。それからゴミが一つも落ちていない。とにかく街がとてもきれいです。ずっとそのようにしてくれるといいなと思います。
金正恩委員長が金正日総書記の後を継いだ2012年から、たった十数年で国をこれだけ発展させたことに頭が下がります。ものすごい勢いで国力が上がっている。
原動力はやはり、かつては金日成主席と金正日総書記、そして今は金正恩委員長のリーダーシップだと思います。人々を力強く引っ張り、鼓舞しています。
それから人々が国のために一丸となって尽くす愛国心の強さです。朝鮮という国を偉大な国にしよう、そのために人民が一丸となって闘おうという意気込みがすごく感じられます。朝鮮は、治世がうまくいっているという感じがします。
日本を含め諸外国が、共和国の核・ミサイル開発を非難しますが、何かを成し遂げるためには、多少の犠牲を伴うことは致し方ないと思います。 例えば家族の中でも、一人を成功させるために他の家族が犠牲になることがあります。独裁主義者という言葉は悪い意味で捉えられますが、私は偉大なリーダーという言葉に置き換えればいいと思います。
【写真−4】最高人民会議常任委員会の崔竜海委員長が、国際金日成賞第11回会議、国際金正日賞理事会第2回会議の参加者らと面会した(朝鮮中央通信=朝鮮通信)
-朝鮮を取り巻く国際情勢もめまぐるしく変化しています。
パレスチナやウクライナの問題、インドネシアでも最近、暴動がありましたけど、世界中で力の争いが起こっています。国連は世界で何かが起こったときに、調停をして秩序を取り戻す大事な役割がありますが、その存在感がだんだん弱まっているのが残念です。
今は、非常に大変な時代になっていると思います。
また、どの国は核を持っていい、どの国は持ってはいけないというのは誰が決めたのでしょうか。核を持っていない国は襲われ、そして負けるという流れになっていることは怖いことだと思います。だから共和国は核を手放さなかったのだと思います。共和国は、あれだけ強固に米国から核を持ってはいけないと言われながらも持ち続けました。それは正しかったと思います。核を持っていなかったら、今頃、共和国の存在はどうなっていたかわかりません。
私は金正日総書記が亡くなったとき、とても心配しました。金正日総書記のご遺体が乗った車に手を置いて歩いていた金正恩委員長は、とても悲しそうなお顔をしていました。そのことが非常に印象に残っています。ですが、あの若さで米国とロシア、中国などの大国の首脳に対して、一歩も譲らず主張し、同等に話せる金正恩委員長は、たいへん立派だと思います。日本の政治家も見習うべきです。
-最後に日朝関係に対する見解をお聞かせください。
日朝間のこう着状態が続いているのは日本が悪いからです。小泉純一郎首相と金正日総書記、二つの国の元首が署名した日朝平壌宣言を、日本は勝手に反故にしました。そんなことをして国家間の関係がうまくいくはずがありません。ですからもう共和国は日本に目も向けません。共和国は日本を相手にする必要がないと思います。
拉致問題も、共和国は認めて謝罪したわけですから、そこで終わりなんです。拉致家族を政治利用するだけで、何もしていない日本政府に対しては怒りを覚えます。日本政府が拉致問題を政治利用するのは、共和国を飽くまで敵にしておきたい米国の司令です。米国は絶えず敵が必要ですから。それなのに日本政府は拉致問題で日本人の気持ちを掻き立てています。米国で大統領が変わるたびにホワイトハウスまで行って大統領と拉致家族を会わせたり、駐日米国大使が変わるたびに会わせたり、そういうことを何度もしています。
新しく首相になる高市早苗さんが日朝平壌宣言を守り、履行して、A級戦犯を靖国神社に合祀することをやめれば、共和国との関係はうまくいくと思います。
日本が日朝平壌宣言を守っていれば、日本と共和国の人たちが相互に往来し、民間交流が生まれたと思います。民間交流が深まれば、お互いのことや本当のことが少しずつわかって、理解が深まると思います。
극악한 반인륜적죄행은 절대로 지울수 없다 일제가 패망을 전후하여 감행한 증거인멸책동을 놓고
세대가 바뀌고 혁명이 전진할수록 더욱 투철한 반제계급의식을 지니자
지난 세기 일제가 우리 인민에게 들씌운 재난과 고통은 이루 헤아릴수 없다.
식민지통치기간 수많은 조선사람들을 랍치, 유괴, 강제련행하여 전쟁터와 고역장들에서 무고한 죽음과 강제로동, 일본군성노예살이를 강요하고 우리 나라에 대한 무제한한 경제적략탈을 감행하였으며 유구한 문화적전통을 말살하고 우리의 말과 글까지 빼앗으려 한 일제의 죄행은 이미 잘 알려진 사실이다.
그러나 패망을 전후하여 감행한 범죄적책동은 일제가 얼마나 악랄하고 파렴치한 원쑤인가를 다시금 똑똑히 보여주고있다.그중의 하나가 바로 조선인민앞에 저지른 반인륜적죄악들을 감추고 덮어버리려고 한 증거인멸책동이다.
위대한 령도자 김정일동지께서는 다음과 같이 교시하시였다.
《일본제국주의는 지난날 근 반세기동안 조선을 식민지로 만들고 우리 인민에게 헤아릴수 없는 재난과 고통을 들씌운 피맺힌 원쑤입니다.》
일제는 패망을 전후한 시기 저들의 죄행을 폭로할수 있는 증거자료를 없애버릴 목적밑에 수많은 비밀문서들을 소각하는 책동을 거리낌없이 감행하였다.
일제의 비밀문서소각행위는 그 어떤 개별적인 기관이나 인물들의 산발적인 행동이 아니라 정부와 군부의 명령밑에 감행된 조직적이며 계획적인 범죄행위이다.
일제군부는 패망을 하루 앞둔 1945년 8월 14일 일본국내와 조선을 비롯한 각지에 《서류처리에 관한 건 통첩》이라는 비밀문건을 발송하여 《적의 손에 넘어갈 위험이 있는 례하면 외사, 방첩, 사상, 치안 등의 관계문서… 등은 반드시 될수 있는껏 빨리 소각》할데 대한 지시를 주었다.또한 그로부터 며칠후 발송한 문건에서도 비밀서류소각에 대한 조사를 면밀히 하는것과 함께 《소각후에 청사내부와 외부를 엄밀히 검사하여 비밀서류로서 소각을 필요로 하는것은 한쪼박도 남기지 말고 철저히 소각》하며 책장에 깊숙이 숨겨져있는 문서들이나 지어 책상을 고정시키기 위하여 책상다리밑에 끼워놓은 종이쪼박들까지 모조리 찾아내여 불태워버리도록 명령하였다.지어 정부나 군부의 상층인물에 대해서도 미리 가택수색을 하여 저들의 유죄를 보여줄수 있는 서한이나 일기까지 모조리 찾아내여 처리하라는 지시도 내리였다.
이것은 당시 정부와 군부가 직접 나서서 비밀문서소각의 구체적인 방도까지 제시하였다는것을 말해준다.
이러한 명령과 지시에 따라 일제는 패망을 전후하여 일본과 우리 나라 전 지역에서 저들의 침략전쟁범죄와 식민지통치죄행을 폭로할수 있는 수많은 비밀문서들을 소각했다.
특히 놈들은 수십년간 온갖 반인륜적죄행을 감행한 조선에서 식민지통치와 관련한 주요비밀문서들을 조직적으로 소각하기 위한 책동에 본격적으로 달라붙었다.
일제는 이미 조국해방을 위한 조선인민혁명군의 최후공격작전이 개시된 1945년 8월 9일부터 저들의 멸망을 예견하고 먼저 함경북도지역에서부터 각급 식민지통치 및 폭압기관들이 보관하고있던 비밀문서들을 없애버리기 시작했다.
1945년 8월 조선인민혁명군의 한 소부대가 두만강을 건너 토리경찰관주재소를 습격하였을 때 웅기경찰서장은 즉시 주재소에 있는 비밀문서들을 모조리 소각하도록 명령하였다.또한 놈들은 조선인민혁명군이 8월 9일 오전 웅기(오늘의 선봉지구)에 신속히 진출함으로써 문서들을 소각할 시간을 얻지 못하게 되자 비밀문서들이 보관되여있는 경찰서와 헌병대, 세관과 항사무소를 비롯한 폭압 및 략탈기관의 건물들을 흔적도 없이 폭파하도록 하였다.
조선총독은 8월 15일 저들의 패망이 알려지자 즉시 총독부와 산하 각급 관청들에서 일제히 비밀문서들을 소각할것을 명령하였다.
당시의 비밀문서소각상황에 대하여 한 목격자는 《총독부청사의 여러층의 창문들에서 탕탕 소리를 내며 서류를 밖으로 던지였고 기름을 치고 소각》하는 작업이 계속되였으며 《누구도 말하는 사람이 없었고 다만 기계적으로 서류들을 가운데마당에 던져버렸다.》고 전하였다.
이 과정에 어떤 종류의 비밀문서들이 얼마나 많이 소각되였는가는 알수 없다.하지만 소각된 비밀문서들이 세상에 알려지면 절대로 안되는 극비자료라는것, 그렇기때문에 항복이 발표되자마자 즉시 불태워버렸다는것만은 명백하다.
이처럼 일제는 패망을 전후하여 수많은 비밀문서들을 소각하거나 미처 없애버리지 못한 경우에는 문서들이 있는 건물자체를 폭파해버리였다.
력사적사실은 일제가 저들의 만고죄악을 은페삭제하기 위하여 얼마나 악랄하고 파렴치하게 책동하였는가를 낱낱이 폭로하고있다.
지금도 일본반동들은 조선에 대한 식민지통치기간 저들이 저지른 범죄적만행을 인정하지 않고있다.더욱 격분을 자아내는것은 죄악으로 가득찬 과거력사를 외곡, 날조하고있는것이다.
하지만 력사의 진실은 그 누가 감추거나 지운다고 하여 달라지거나 없어지는것이 아니다.일본반동들이 아무리 저들의 범죄행적을 흑막속에 묻어두려고 해도 그 범죄적진상은 력사의 갈피에 뚜렷이 새겨져있다.
일본은 유치한 오그랑수에 매여달릴것이 아니라 우리 인민에게 저지른 온갖 반인륜적죄행과 관련한 모든 자료들을 공개하고 그에 대하여 철저히 배상하여야 한다.(전문 보기)
피로 얼룩진 죄악의 력사는 덮어버릴수 없다
얼마전 일본 도꾜도지사는 간또대지진시 학살된 조선인들을 추도하는 의식에 올해에도 추도문을 보내지 않겠다고 공공연히 밝히였다.도꾜도지사로 취임한 다음해인 2017년부터 련 9년째 계속되는 집요한 력사부정태도이다.
추도식실행위원장은 《조선인학살이 있었다는 사실을 인정하고싶지 않은것같다.》라고 하면서 항의를 표시하였다.
간또대지진시 조선인대학살사건은 절대로 지워버릴수 없는 력사적사실이며 그 직접적인 책임은 일본당국에 있다.
일본당국이 뜻밖의 대지진이 발생하자 《조선인폭동설》을 날조하고 전시계엄령을 공포하여 군대와 경찰은 물론 《자경단》과 같은 우익깡패들까지 조선인학살에 내몬데 대한 자료들은 지금까지 수많이 발굴고증되였다.
1923년 9월 6일부 일본륙군성문건 《륙보 3573호》에는 일본왕의 칙령으로 도꾜부(당시)와 가나가와현까지 포함한 넓은 지역에 전시계엄령이 선포되고 계엄사령부가 조직되였으며 간또일대를 림전지역으로 규정하였다고 기록되여있다.
계엄사령부의 지휘밑에 도꾜와 요꼬하마지구에만도 군대검문소가 70개, 경찰들의 2차검문소가 수백개나 설치되였다.이 제복입은 살인악당들은 검문소를 통과하는 사람들에게 발음하기 까다로운 일본말을 시켜보고는 조금이라도 정확치 않으면 조선사람이라고 단정하고 그 자리에서 가차없이 목을 자르거나 배를 갈라 죽였다.《자경단》과 같은 우익깡패들도 장총, 일본도, 단도, 날창, 참대창, 곤봉, 쇠갈구리와 같은 각종 흉기를 들고 거리와 마을, 산속과 강기슭, 초원까지 샅샅이 뒤지면서 조선인《사냥》에 미쳐날뛰였다.
이렇게 열흘 남짓한 기간에 희생된 조선동포들은 《조선총독부 진재관계문서》(1924년판)에 밝혀진것만 하여도 무려 2만 3 000여명에 달하였다.
이 천인공노할 조선인대학살만행은 철두철미 일본당국에 의하여 조직적으로 감행된 집단살륙범죄이다.
세월이 아무리 흘렀어도 일본정부나 도꾜도는 마땅히 과거의 조선인대학살만행에 대한 책임을 져야 한다.그러나 정부는 아예 모르쇠를 하고 도꾜도지사는 사죄와 배상은커녕 추도문조차 보내지 않겠다고 생떼를 쓰고있는데 이야말로 후안무치한 행위이며 지독한 력사부정의 극치라고밖에 달리 말할수 없다.
도꾜도지사는 도꾜도위령협회가 주최하는 대법회에서 간또대지진으로 인한 모든 희생자들에게 애도의 뜻을 표시하고있다고 그 리유를 들고있는데 자연재해에 의한 사망과 고의적인 살해를 어떻게 한저울에 올려놓을수 있겠는가.
조선인학살에 대해서도 여러가지 견해가 있다느니, 력사가들이 풀어야 할 문제라느니 하고 시종일관 왼새끼를 꼬고있는데 이 오만하기 그지없는 태도는 일개 지방당국자에 한한것이 아니다.
일본렬도에 만연하고있는 극단한 우익정치흐름의 반영이며 그 산물이다.
일본정부자체가 한세기가 넘는 세월이 흐르도록 목격자들의 증언과 학살실태, 대다수 희생자들의 이름 등 사건의 진상조차 밝히지 않고있으며 력사적사실을 한사코 은페하고있다.
이러한 정치풍토가 사회환경을 심히 오염시키다보니 2011년 동일본대지진시 《조선인을 죽이자》라는 구호가, 2016년 구마모도대지진시에는 《조선인이 우물에 독약을 쳤다.》라는 류언비어가, 2019년 교또부의 만화쎈터화재때에는 《방화는 조선인의 습성》이라는 글이 인터네트상에서 공공연히 나돌았다.우익단체들도 재일조선인추도비의 철거와 추도식의 중지를 노린 활동을 집요하게 계속하고있다.
지난 2023년 일본당국자들은 국회마당과 기자회견들에서 간또대지진시 조선인대학살 100년이 되는것과 관련하여 여러 차례 질문을 받았지만 매번 《사실관계를 파악할수 있는 기록이 발견되지 않았다.》라는 외마디대답만 되풀이하였다.
그러나 피로 얼룩진 죄악의 력사는 그 무엇으로도 덮어버릴수 없다.
일본당국은 집요한 력사부정책동으로 죄악을 덧쌓을것이 아니라 엄연한 력사앞에 솔직하고 성근해야 할것이다.(전문 보기)


